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漆黒に金糸の刺繍が入ったフード付きローブのせいで、顔は見えない。背丈からして十二、三歳程度だろう。革靴を履いている時点で、スラムの住人でないことはすぐにわかった。
何より、腰に帯びた細剣。鞘は漆塗りで、遠目にも高級品と判断できた。換金したらいくらだろうと、頭の算盤が稼働し始める。
でも、油断はしない。ぐっと体に力を籠める。帯剣している少年。警邏隊見習いと言われても納得だ。
「誰だ!」
身軽な動きで飛び降りてきた少年に、すかさず拳を突き出した。驚いた顔をされたが、着地後とは思えないほど俊敏に拳を躱した。舌打ちをして、右足の蹴りをねじ込もうとしたが、抜剣した少年の前には無意味だった。即座に刃の背で受け止められ、ぎりぎりと音を立てる。
「うんうん!動きもいいね。速くて躊躇がない!」
「値踏みすんな!誰だって聞いてんだ、よっ!」
右足を引いて、代わりに左足を顔面に叩き込んだ、つもりだった。やはり剣というのは卑怯だ。渾身の蹴りも少しの動作で防がれる。
「あ、ごめんね。申し遅れちゃった」
少年は、はらりとフードを取り払った。
夜風に靡くのは、安物の紐で適当に縛り上げた白金の髪。大きく輝く瞳は、毒々しいほど鮮烈な紅。整った顔立ち。白磁の肌。儚く美しく、けれど侮らせない眼差し。
「僕はチグリジア。チグリって呼んでね!」
「貴族か⁉」
「ううん、ただの成金野郎!君は!?」
「……シュリヒト」
「いい名前だね!」
「殺すぞ!」
敵意は全くないようだ。にこにこと明るい笑みを浮かべ、細腕で蹴りを止め続けている。食えない奴だ。俺は警戒を解かないまま尋ねた。
「何の用だ」
「えっとね。君に、頼みたいことがあるんだぁ」
間延びした気持ち悪い喋り方だ。渋い顔で遠回しに『拒否』と告げた俺に構わず、可愛らしく小首を傾げた。
「僕の使用人になってくれない?」
あわよくば、僕の友達になってくれたら嬉しいな、と、奴は宣った。
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