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目の前に聳え立つのは、壮麗な白木の宮。上品で、月光をはじく姿は、月女神の社のようでもある。そんなことを思いながら、門扉を押し開けるチグリに続いた。
数時間前。チグリの頼みを二つの意味で一蹴したものの、余裕綽々と蹴りを受け止め、困ったように眉尻を下げていた。
『もちろん、報酬はたっくさん用意するよ?』
『断る。俺がいなくなれば、誰がアイツらを守るんだ?』
『じゃあ、護衛をつけてあげる』
笑みの隙間から紅を覗かせ、唇を歪な形に描く。
『おまけに、一日につき金貨一枚を、君の仲間にあげる。君には二枚!どう?悪い取り引きじゃないでしょ』
『……その護衛とやらも、信用できない』
『うーん、なかなか折れないね君』
あははーと呑気に笑いながら、拳を首を捻るだけで避けている。
『じゃあ、孤児院』
『は?』
『君が僕に仕えてくれたら、君たち専用の孤児院を建てる』
動揺で、一瞬攻撃の手が止まった。その隙を見抜いたのか、チグリはにやりと畳み掛けてくる。
『君たち専用の孤児院なら、皆仲良く安定した生活を送れるよ。国から助成金も貰えるし!』
『お前みたいなガキが、そんなこと!』
『できるよ。官僚に賄賂渡せば一発!』
ね?と子供をあやすような優しい声音で囁く。
『僕に従って、シュリヒト君?』
そして俺は、まんまと乗せられたのであった。
***
玄関だけで、スラムの秘密基地が余裕で入ってしまうほどの大きさがある。その上、螺旋階段もあり、壁には高そうな絵画が飾られてあった。やはり貴族なんじゃ?と半眼になってしまう。
「この子たちが、僕の侍従たちだよ」
そして、仲良くしてねぇと玄関で紹介されたのは、三人の男女だった。
「サランと申します。よろしくねぇ」
一人目は、ふくよかでニコニコした老婆。民族の伝統衣装みたいな服をまとっていた。のほほんとした雰囲気はチグリと一緒だが、サランは年の功か、どっしりと腰を据えている感じがある。
「トルエノだ。よろしく頼む」
二人目は、太眉が特徴的な強面の男性。筋骨隆々で、やたらと上背があった。スラムの嫌な親玉のようで、思わず顔をしかめてしまう。
「あ……ルーナ、です。よろしくお願いします」
三人目は、気弱そうな少女だ。ミモザよりも少し年下に見える。おどおどと視線を巡らせ、深く頭を下げていた。
こんなんで大丈夫なのか、と俺は不安になる。どう考えたって、戦力になりそうなのはトルエノしかいない。割り振られそうな重労働をあれこれと想像し、一気に気が重くなった。
それでも、スラムの安寧のためだ。腹をくくって頭を下げる。
「シュリヒト。リヒトって呼んでくれ……です?よろしくです」
慣れない敬語に、首を傾げながら。
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