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連れて来られたのは、豪華絢爛、絢爛華麗、美麗荘厳な宮だった。チグリのとは違い、悪趣味なほど贅を凝らした宮である。
そんな貴族の宮の庭に、忍び込む影が二つ。
「死ねと」
「大丈夫。僕に任せて」
何が大丈夫なのか。道連れにしようとしてるようにしか思えない。スラムにいたときから死ぬ覚悟は常備していたが、まさか自分の最期が不法侵入による死刑だとは思わず、遠い目になってしまう。
チグリは慣れたように庭木の間を縫い、宮の壁にへばりついて辺りを一度見回すと、通気口に身を屈めて入っていった。目線で促され、仕方なく俺も入っていく。
埃っぽくて、音がよく響く。だが、チグリはどんどん奥へ進んでいく。明らかに熟練のそれだ。成金野郎と言っていたが、実際はただの大泥棒だったのか、と頭を抱えた。
そして、優雅な音楽が聞こえ始めてきた頃。チグリは動きを止めた。
「どしたんすか」
「いい、リヒト」
蚊の鳴くような、小さな囁きだった。
「これから僕がやることを、絶対、目を逸らさず見ててね」
振り向かず、俺の返事を待たず――チグリは通気口の向こう側へ、飛び降りた。
叫びそうになる口を押さえ、四肢をばたつかせて通気口の出口に近寄る。そこから、下を覗いた。
予想通りの豪華な大広間に、漆黒のローブが翻っていた。
綾羅錦繍な貴族たちが、突然の侵入者に目を剥いていた。衛兵を呼べと怒号が飛び交ったが、衛兵は動かない。というより、混乱したように足踏みをしていた。
「お、おい衛兵!何を呆けている!さっさとこの無礼者を――」
「できません!だって――」
一声。
「この御方は――神族第五の御子、チグリジア様であらせられます!」
息が止まる。
時が止まる。
誰もが唖然としていた。飛び降りた際に、フードはもう脱げていた。端正な顔立ちが露わになる。白金の髪が靡く。金の髪留めが、しゃらりと揺れる。
次の瞬間、全員が平伏した。命乞いを張り上げながら。
「お、お許しください!まさか、かの尊き御方とは思わず!」
「お許しください!私にはまだ赤子が――!」
「お許しを!」「お許しを!」「お許し――」
チグリは見向きもしない。剣の柄に手をかけ、視線は上座に。髭をたくわえた王冠の老人と、老人を睥睨する一族。
直感でわかった。神族だ。
チグリの唇が、一瞬だけ、動いたような気がした。
――声は届かない。
チグリは、目にも留まらぬ速さで剣を抜いた。
そこからはもう、血赤色の独壇場。
まず、まだ幼い姫を一閃。断末魔止まぬうちに、返す刃で肥えた男性の喉笛を裂き、恐怖に歪む女性を絶命させた。
舞のような殺戮。
血の滴る剣を下げ、神族が皆、息絶えたとわかる惨状をあとに、チグリは王の前に跪いた。
「神族は今まで、非道の限りを尽くしてきました」
そう言って、髪を掴み、髪留めごと、剣で切り落とした。
「命を以て贖罪を。私は、この神族の証である髪留めを返上致しましょう」
髪束を王の足元に捧げ、深々と頭を垂れる。
「どうか、安寧極まる御世を、民に」
静寂。だがその後は、狂ったような歓声だった。
「革命だ!」
「神族自ら革命を!」
「母上や妹君を手にかけ――お辛かったでしょうに、ご英断を……!」
「チグリジア様、万歳!」
「万歳!」「万歳!」「万歳!」
「チグリジア様は英雄だ!」
俺はただ、呆然と見ていた。
目を逸らさず、小さな主君の姿を、ずっと。
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