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「チグリ!おい、チグリ!」
暗闇の中、チグリは進む。チグリは、王を含む貴族に囲まれたが、構わずに宮を辞した。通気口に目配せしてきたので、俺は慌てて後を追った。
あの絢爛さはどこにもない、寂れた街の路地裏。草木も酔っ払いたちも眠った深夜。俺たちの足音だけがやけに響く。
敬語も忘れて追いかけて、やがて、チグリは足を止めた。
「ちゃんと、見てた?」
ただ、一言だけ。
壁に背を預けて座り込むチグリ。憑き物が落ちたような顔をして、鞘付きの剣を放り投げている。
「……見てた」
「ありがと」
何がありがとうだ。
「革命の瞬間を見てほしかったのか?」
「まさか」
失笑。
「僕が人殺しに堕ちる姿を、見ててほしかったんだよ」
そんな明るい顔をして、何を言う。
未練もなさそうな顔して。
「リヒト。僕を殺して」
家族を斬った、その剣で、と剣を指さした。
拾う。鞘を払う。血で錆びて、切れ味が悪そうな刃。
一瞬で絶命はできないだろう。苦しむだろう。きっと。
「孤児院の件は大丈夫。さっき王様に頼んできたから」
「……俺、人殺しじゃない」
呟く。
「嘘ついたんだ。普段のチグリなら、そんなこと言わないから……言うんなら、経験あった方が、役に立つのかと」
「そっか」
役に立ちたかった。
厚遇の恩を返したかった。
「じゃあ、僕のこと、一生忘れられないね」
熱い涙が溢れた。
俺は完全に、情が移っていた。
ここで嘘を明かしたら、なら生きようかなと、言ってくれるんじゃないかと思ってしまった。
そんな筈ないのに。
チグリはきっと、人殺しに自分を殺してもらうために、スラム街まで行ったのに。
「誰かに、覚えててほしかったんだ」
僕の罪を、と。
「英雄の僕じゃなくて、家族を皆殺しにした僕。神様じゃない、ありのままの僕を」
綺麗な僕じゃなくて、汚い僕を。
「だから、ずっと覚えていてね。リヒト」
命令だよと、断頭台の囚人みたいな短髪で微笑んだ。
俺は、鞘を捨てた。脳裏に蘇るのは、癖毛のアイツ。
自分の親は、チグリジアという神族に処刑されたと、泣きながら明かした彼。
仇討ち何て言わない。
なぜ洗脳が解けたのか何て、訊かない。
ただ、人殺しの罪咎を赦さぬチグリを、生き地獄から解放するために。
俺は初めて、罪を犯した。
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