巣箱で女王を飼う

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 家に帰る頃には七時を回っていたが、家に明かりはついていない。それにホッとしつつも、どこか怒りを覚えるのはなぜだろうか。 「タカシくん、お家ついたよ。起きて」  遊び疲れてすっかり眠ってしまったタカシくんを優しく揺り起こす。それに目を開けるものの、ボーッと焦点の合わない視線が宙を彷徨う。かと思えば、グズったように体を丸めてしまった。  仕方がないなぁ、という建前の裏で、私はタカシくんの体に手を伸ばせる愉悦に一人心臓を高ぶらせる。軽いその体を抱きしめながら、私はマンションの階段を昇って行った。そして家の中に入ると、タカシくんの部屋の扉を開けた。まだドキドキして慣れないが、テーブルで寝かせるわけにもいかない。勉強机にリュックを置くと、タカシくんをベットに横たわらせた。  とりあえず、風呂に入れないと。一応向こうでシャワーは浴びたが、それでも塩素の匂いは取れない。そして何より、早く綺麗な状態でタカシくんを寝かせてあげたかった。なので私は風呂掃除をし、お湯をためる。ものの十五分もすれば、機械のアナウンスが聞こえてきた。なので私は、もう一度タカシくんを揺り起こす。 「タカシくん。ちゃんとお風呂入ってから寝ようね」 「うん……」  返事はするものの、それでもベッドの上でもぞもぞと体を動かすだけで起きようとはしない。こんな寝ぼけたままで風呂に入れるのは怖すぎる。どうしようかと考えていると、ふいにタカシくんが私の方を見た。そして可愛い唇をもごもごさせて、小さな声で言う。 「政次さんも、一緒に入ろう」  その申し出に、私は胸がドキリと鳴った。タカシくんの日の当たらない素肌を見られるという興奮と、そして抑えきれなくなる自分への信用のなさに。子供の無邪気な言葉ひとつでこんなに葛藤するのも、大人として情けないものがあった。 「でも……、私は……」 「ねぇ、いいでしょ?」  あぁ、それを言われると弱い。いや、タカシくんのおねだりにはなんでも弱いのだけれど、とくにこの「いいでしょ」というのに弱いのだ。ギュッと控えめに腕を抱きしめられ、そして目をパチパチさせながら可愛い口を突き出して言うその言葉に、私はいつも参ってしまう。 「一緒に入ってよ」 「……、わかった」 「やった」  そういうが早いか、タカシくんはベッドから起き上がる。そして脱衣所に消えていく背を眺めながら、私は神にもすがる神父の心持だった。どうか神よ、私の心の中の悪魔を封じたまえ、と。
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