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「おっネコ。」
彼のそんな声が聞こえたのか、コンクリートの上で寝転がっていた黒猫はしゃがんだ彼の方へすたたたと駆けてきた。猫は彼の脚に背中をこすりつけ、彼が頭の上をわしゃわしゃとかくと、猫の目は三日月のように細くなった。
「ホントなつかれてますね。」
「ゴハン全然あげてないけどね。」
「不思議です。」
わたしは学校鞄の持ち手を強く握った。
『プップー』
軽いクラクションにみんなで振りむくと、そこには一台の宅配トラックが待ちかまえていた。彼は猫を抱きかかえると、へこへこお辞儀をしながら脇へよけた。わたしもそんな彼に続いた。運転手のお兄さんが片手を上げて我々の横をエンジンを吹かしながら去っていくと、
「…クロネコと宅配便、か。」
「あっホントだ、山田くん座布団!」
「こらこら。」
彼ははにかみながら猫をすぐそこの公園に下ろした。彼がまたなと言うと、猫は何を考えているかわからない面立ちでそこに丸まっていた。急に彼がわたしの方へふりむくと、
「うち、寄ってくの。」
「ご迷惑じゃなければ…」
「じゃあ行こう。」
しゃがんでいた彼はパカっと開けていた脚の両膝を手でしっかりと掴むと、勢いよく跳びあがってテレマークを決めた。公園の柵を乗り越えて数歩歩いた先に聳える、まるで双眼鏡がビルのてっぺんに乗っかっているようなレンガ色の建物が彼とわたしの姉の住まいだ。
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