第一話「逆鱗」

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 「杏…おねえさん買い物行ってくるってさ。」  机にあった小さな紙切れを彼は机上に置いた。  「へぇ…。」  わたしはリビングの紅いペルシャ絨毯の上に学校鞄を静かに置くと、ダイニングチェアに座った。  「そういえば、姉さんとどっか行くんでしたっけ。」  「そうそう、仕事にひと段落ついたし。伊豆の別荘にでも行こうかと。」  彼は冷蔵庫からお茶の入ったピッチャーを取り出し二つのコップに注いだ。  「はいどうぞ。」  「どうも…それはわたしも行ってみたい。」  すると彼はわたしの向かいに座って、  「行くの平日だから、今度は学校ない日に三人で行こうよ。」  「いいんですか。」  「いいともいいとも。」  コクリコクリと彼はうなずいた。  「あっそうだ、さっきから聞きたかったんですけど」  「なんだい?」  「今回の作品って雑誌で連載してたのですよね。」  「そうだけど。」  「読んでていつもと作風が違ったように感じてなにか影響、というか元になったものでもあるのかなと。」  「そう言われると、そうかもしれない。」  と彼は茶を一口含んだ。  「そうかもしれない割には、人、処刑してませんでしたか。」  彼は吹き出した。  「そういえばしてたわ、魔女狩りとか。」  「悪魔も出てきてましたね。」  「あははっ我ながらいつものお気楽駄文はどこへ行ったんだか。」  わたしは思わず立ち上がって、  「そんなことないですよ、とかげさんの文章、読みやすくて好きです。」  彼がキョトン顔を浮かべたかと思うと、椅子から離れて横に長い窓に寄りかかって背を向けた。  「あ、ありがとう…。」  わたしは彼の(ほの)かに赤い耳がとても愛おしく思えた。
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