第一話「逆鱗」

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 「上に行くつもり?」  「もう帰るところ。」  「そう、せっかくだし夕飯食べてかない。今日はギョウザにしようかと思って。」  杏は買い物袋をかかげて何事もなかったかのように微笑んだ。  「ギョウザで機嫌とれるほど幼くはないよ。」  杏は面倒くさそうに、  「まだ怒ってるの、トカゲにあんたの絵見せたこと。」  「勝手に人の物さわる奴がいるか。」  「置き忘れるのが悪いんだい。」  「はぁ?」  ちょうどチーンとエレベーターが鳴り、扉が開帳すると仏のごとくトカゲさんが現れた。姉妹は一瞥はしたものの、彼と見るや瞬時に向き直った。  「いいの?トカゲさんと付き合いたてホヤホヤの頃に杏が書いてたラブレター斉唱しても。」  「こっちだって胡桃のあ〜んな絵やこ〜んな絵、トカゲに晒すぞ。」  「二人ともやめんさい。」  「トカゲは黙ってて。」  「杏が黙れば終わるのよ。」  杏は左手を振り上げた。  『ベチッ』  咄嗟に目をつむったわたしは、音の違和感にゆっくりと瞼を開けた。わたしの前にはトカゲさんの背中があった。  「気は、済んだか。」  杏は金縛りに遭ったように動けなくなったまま、自分の左手を見つめていた。
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