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魔王城の主
少年はスラックスとシャツ、コートを着て先生の部屋から出た。雪はないがひどく風が冷たい。午後8時を回る前、街灯の明かりが瞬いている。
少年の目は生徒会長にこっぴどくやられる前と遜色なく働いている。意識して見れば街灯の明かりが無くても、一般的なヒトでいうところの赤外線によって視細胞が励起する。
本当に見やすい。今まではずっと見え続けていた。だから夜は鮮やかで明るいものだった。昼は明るすぎて鮮やかすぎて目を開けていられなかった。でも今は脳が取捨選択をして最適な強度を保っている。
耳もそうだ。雑音がパタリと止んで、聞きたい音だけが拾える。世界はあんなに騒音に満ちていたのに、今では静寂が心地良い。
自分の変化を確かに感じながら大学を目指す。やたらに広いキャンパスには既に入っているものの、まだ目的地には遠い。
まずはここから一番近い高エネルギー実験棟だ。実験棟は外周区にポツンと建っている5階建ての建物であり、そのため電源も専用に引かれている。
少年はまだ明かりの点いている実験棟の目の前まで辿り着いた。正面入口を確認すると実験棟はカードキー方式らしく、正面から入るのは無理なようだ。外周を回っても入れる場所は無かった。
「ここは後回しだな」
次は宇宙航空学研究棟だ。
かつて父さんがここで研究していた。尤も、オレが生まれたときには国立の研究所に移ってたし
妹が生まれたあたりで死んでしまったが。
宇宙航空学研究棟は簡単に入ることができた。隣の棟と空中廊下で結ばれていて、各部屋に不審な点はなかった。ここはハズレのようだ。
次は配線用地下通路だ。キャンパス内の電気ガス水道は全て、蜘蛛の巣のように作られた地下通路に集約している。そのため電柱は一切無い。
普段は南京錠で閉められているが、少年のポケットには先生の部屋から拝借したヘアピンが2本入っている。それをL字に展開し鍵穴に差し込む。テンションをかけ、舐めるように鍵穴に刺激を与える。カチカチ、カチカチ、と滑らかに這わせていくと不意にシリンダーが回る。
南京錠をポケットに入れ、地下へと侵入する。明かりはなくとも、少年の目と耳ははっきりと地下空間を見ることができた。
想像以上に広い空間だった。バスが周回しているほど広いキャンパスを網羅する地下通路だけあって、ここに第二のキャンパスを作れるような広さだった。
水の音、電気の振動ノイズ、それに混じって何か聞こえる。車輪の回る音だ。
それはまっすぐこちらに向かってきている。
「この魔王城に客人とは珍しい。ほう……人間……ではないようだな」
車輪の音の正体は車椅子だった。車椅子に乗るのは、どこからどう見ても少女だった。
銀髪に緑の瞳、眼帯を着けてゴスロリ服の、明らかに普通じゃない格好をした少女だった。格好はアレだが、顔面はお人形さんみたいという言葉がピタリと当てはまるような、かわいらしい美少女そのものだった。
「汝、何用か」
「オレは怪しいもんじゃねえ(お前に比べれば)。宇宙人を探しに来たんだ」
「ほう……宇宙人……」
どう考えても『怪しいもん』な上にそのゴスロリ服のお人形さんもどう考えても『怪しいもん』だが二人の『怪しいもん』はその事を互いになかったことにしている。
「何か知らねえか? 転送装置みたいな物がどこかにあるはずだ」
「転送装置……か……あるぞ」
「そうか。そりゃそうだよな……ある? は?」
「まさかこれを嗅ぎつけるとは思わなかった。転送するのはお前の魂、のようなものだ。それを過去へ転送する」
「過去へ……。5日前くらいに戻ることはできねえか?」
「やってみねば分からん。過去へ飛べる距離は本人のスペックにかなり影響されるからだ」
「何でもいい。やってみてくれ」
「ではついてこい、少年」
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