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シロアリ掘り
這いずるように立ち上がった少年は制服をハンガーに戻してベッドに向かう。そのまま布団の中に潜り込んで目を閉じる。
これは礼。借りを返すだけ。命を繋いでくれた先生への恩。
少年の頭の中で繰り返し続ける。
先生が入ってきた。
腕を伸ばして少年を包み込み引き寄せる。
先生は耳たぶを甘噛みしてくる。
服の内側へ手を入れて挑発してくる。
目を閉じていると暗い方へ意識が落ちていく。
世界が溶けていく。
先生の中は温かかった気がする。
気が付いたら翌朝だった。
目を擦って、ぼやける視界の前には何もない。
「起きたか、少年」
先生の声がした方を向くと、カップで何かを飲んでいる姿があった。
「あの状況で寝てしまうとはな。君が眠たがりなのを忘れていたよ」
「すみません……ベッドに入ったあたりからの記憶が殆ど無くて……」
「気にするな。アタシの抱き枕として活躍してくれたしな」
先生は不機嫌どころか妖しく笑いながら話す。その口許を見る度に、ベッドに入る前の事を思い出してしまう。
あの情熱的な先生を。
先生を見つめていると不意に感じたコーヒーの香り。それ、ください。と言うと、先生はカップを持ってベッド脇まで来た。
「口移しであげようか?」
「それは遠慮で」
手渡されたカップのコーヒーを一口飲む。想像より遥かに甘いコーヒーだった。もう一口飲んでカップを返した。
「もういいのかい」
「十分です」
少年はいそいそと制服に着替え、学校に行く支度をする。
「もう行くのかい?」
「確かめたいことがあってですね」
「そうか。気を付けて行き給え。それと……合鍵を渡しておこう」
無言で頷くと少年は部屋をあとにした。外は太陽が居たところでどうにもならないほど冷たい風が吹いている。強くもなければずっと吹いているわけでもないが、やはりこの冷たさは体に響く。
枯れ葉が少年の足元で踊る。乾いた音が地面を擦りながら不規則に揺らいでいる。
休日の学校は運動部の部員ばかりだ。威勢のいい声があちこちから聞こえてくる。その声に混じって吹奏楽部の管楽器の音が聞こえる。
少年が確かめたいことは2つ。1つは、自分の席の引き出しの中身。もう1つは相談室。まずは自分の教室に行くことにした。
人が誰もいない教室というのは、不思議な空間だ。生活感というか存在感というか。記憶の中に確かにある彼らの姿は、そこに無くとも再現が容易であり、まるで世界に取り残されたような。そんな気持ちになる。
少年は自分の席の引き出しの中身を探る。連絡事項が書かれたプリント類がいくつかある程度で、不審な点は見当たらない。
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