人類の敵

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「体の調子はどうかね。オリジナルの君はカッターで体幹をざっくりやられても全く動じないほど……相当頑丈だったが、今回はいかんせん首を切られてる。血も大分出ていたが」 「意外と平気です。寧ろ生徒会長に切られたっていうショックが大きくて」 「意外だった、か?」 「そりゃそうですよ。いきなり幼馴染に首切られたら誰だって精神的にくるものがありますよ」  食べ終えた少年は茶を啜りながら話す。動揺はしていても平静さを保つほどには安定している。手も声も震えてはいない。  少年の中に悲しみと憤りと困惑が渦巻いて混沌としていた。  一体何故、彼女は少年を殺そうとしたのか。 「彼女は……生徒会長は……人類の敵について知っていましたね?」  先生は目を丸くして少年を見た。初めて本物らしい言葉を聞いたことに感心したと同時に彼が彼の偽物だということを確信した。 「ほう……。そこに気付いたか……」 「人類の敵が何かを知っていたからこそ、オレを殺すのを躊躇わなかった。普通の人間には、中身が入れ替わる人類の敵なんて想像もできないでしょうから。で、そうするともう1つ」  この語り口は本物らしい。淡々としつつノリノリのこの感じ。アタシの知ってる少年だ。 「死体処理をするやつがいる。生徒会長が殺した死体を放置しておけば殺人事件になる。だがそんなリスクを彼女が負うわけはない。今日のオレを切ったのが突発的なものだとしても、それを片付けられる……片付けたのは先生、ですよね?」  先生は目を閉じて静かに微笑むとゆっくり頷いた。そうだ、と優しく零した。 「だったら、オレは本物のオレを探すと同時にやらなきゃいけないことがあるってことか」 「止めはしない。が、生徒会長とよく話し合って決めてくれたまえ。勝手に動かれると厄介なもんでな」 「分かっています。でも、アイツとはしばらく話せそうにないです」  生徒会長はオレを殺すことはできなかった。目も耳も塞がれたオレを切ることなど簡単なはずだ。それができなかったということは。 「その辺は追々考えたらいいさ。少年、今日はもう寝ろ。君自身が思っている以上に君は疲弊している。元気でいてくれないとアタシが困るからな」  先生はそう言うとベッドを指差した。少年にはそれは見えていないが、動作は音で分かる。  先生のベッドで寝ることに抵抗はないが、先生が床で寝ることには納得がいかない。だから少年は一度固まってから考え直した。 「先生がベッドで寝てください。オレはそこのソファで大丈夫ですから」 「なに、遠慮するな。ベッドは広いぞ」 「いやオレが寝られないんで。寝床に誰か居るとうるさくて」 「せっかく人が誘ってるのにつれないなぁ。まぁ、君がそう言うならソファを使いたまえ。追加で毛布をくれてやる」  先生は必要以上に押さないところが好感だ。半分からかっているのだろうが、引き際が上手い。そんな先生のお気に入りだった少年はそっくりな偽物に変わってしまった。
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