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大野が彼女に気付いて、慌てて腰を上げる。取引先の社長でも現れたのかというような慌てぶりだ。お互いに軽く会釈をして彼女がテーブルにつくと、大野が慌ててメニューを差し出した。その袖がお冷やのグラスに触れ、あわや倒れそうになったグラスを大野が慌てて支える。ああ、もう見てられん、とわたしは頭を抱えたくなる。ちゃんとしろよ。自分の娘でもおかしくないような年頃の女の子を相手に、動揺してちゃだめだよ。
大野が必死に何かを語りかけ、女の子が口を手で隠して笑う。ニコニコと眩しい笑顔を振りまいて、少し大野の方に身体を傾けている。大野が何か言うと、女の子はぱちぱち、と手を叩いてまた笑った。そんなことを繰り返して、1時間が過ぎようとする頃から、女の子はちらちらとスマホを気にし始めた。明らかに上の空になりつつある。そして、1時間がきっかり経った頃、彼女はすっくと立ちあがり、チェシャ猫のように笑みだけを残して颯爽と立ち去った。彼女の後ろ姿がすっかり視界から消え去るのを見送って、わたしは大野の正面の席に移動した。
「で?」
「で?とは?」
「どうだった?」
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