初雪

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 千春さんを初めて食事に誘ったのは、冬が訪れて間もない頃のことだった。僕も彼女も厚手のコートを引っ張り出して、このシーズン初めて着用していた。街路樹からの落ち葉がまだ多少残っている。それらが木枯らしに吹かれて舞う様子を見ていると、余計に寒く感じられる。 「千春さんが行きたいって言ってたイタリアンのお店、おいしかったですね」 「ありがとう。食べログで見つけて、ペペロンチーノがおいしそうだったんだけど、私の勘が当たったね」  千春さんがドヤ顔をしてみせる。そんな顔でさえ、僕の目には美しく見えた。流石、僕の上司だけのことはある、なんて上から評価してしまう。そんな僕はなんて愚かなのだろう。しかも、上司を下の名前で呼んでしまっているから始末に負えない。  千春さんは不意に立ち止まり、 「あっ、雪だ」  と一言呟いた。 「そうですね、こんだけ寒いですからね。雪になってもおかしくないですよ」  僕は手のひらを上に向けて、落ちてくる雪の結晶を捕まえる。すると、手の持つ熱で結晶はすぐに融けてしまう。 「雪って儚いですね」  僕は柄にもないことを言ってみた。 「そうだね、すぐに消えてしまうからね」  千春さんはそう返すと、僕の方に向き直った。僕はこの瞬間こそがチャンスだと直感で動いた。 「この瞬間が消えないうちに言います。僕はあなたのことが好きになりました。お付き合いしてもらえませんか」  空気がビンと張り詰めるのを感じた。千春さんはしばらく回答に窮していた。僕はこの時間に何も考えらえなかった。何のシミュレーションもできなかった。ただ、漠然と気持ちのよさだけが残っている。 「何て言っていいか分からないけど、ごめんなさい。そうとしか言えないよ。きっと君には若くてお似合いの人が見つかると思うから、私なんかよりいい人を見つけてね」  相変わらず何も考えられなかった。初めての告白が失敗に終わったというのに。
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