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次に上杉を見かけたのは、一週間後の朝ランの最中だった。田んぼの真ん中にある自販機にもたれて、明けていく空を眺めていた。
あいつが俺に気づく前に、前みたいに逃げればよかったのかもしれない。でも俺は、すいよせられるように近づいていってしまった。
そして自販機でスポドリを買って、上杉に渡した。
「この前の、お返し」
ほぼ3ヶ月ぶりに会った上杉は、かなりやつれていた。目元が暗くて、肩も小さく見えた。それでも俺の差し出したスポドリを、避けることなく受け取ってくれた。
「義理堅いんだな」
固かったけど、笑ってくれた。
「あの、学校でその、ちらっ聞いたんだけど、だ、大丈夫?」
口にしてから後悔した。大丈夫なわけないだろ。家族が死ぬなんて俺はまだ経験がないからわからないけど、どれだけ辛いか想像ならできる。それなのに「大丈夫?」なんて、なんて無責任なことを。俺は。
「うーん。……あまり大丈夫ではない、かな。正直なところ」
「だっ、だよなぁ。ごめん」
「でもまぁ、分かってたことだったからな。こういう日がくるっていうのは。親も。俺も。あいつが生まれた時からわかってたんだ」
淡々と言って、上杉はスポドリを一口飲んだ。そしてまた空を見上げる。冬は6時でもまだ真っ暗で、走っているうちに明るくなる。始めは白っぽくて、日が差して来ると、透明に近い薄い水色の空に変わっていく。そして昨夜の名残の月も透けて見える。
その月を俺たちはしばらく無言で見つめていた。
「じゃあ、俺、いくわ。これ、サンキュ」
スポドリを手に持ったまま、上杉が言った。今日から学校に行くのだろうか。そして今みたいに淡々と、何事も無かったかのような顔で、笑うのだろうか。こいつは。
「あ、その、ちょっと、ちょっと待ってくれ上杉!」
立ち去ろうとした背中に、つい呼びかけてしまった。なんでだろう。俺にはお前がずっと泣いているように思えるよ。笑っていても泣いてるように思えるんだ。そして俺はそれがとてつもなく辛い。
だからこのまま別れたくない。
すれ違うだけの、名も無き人にはなりたくないんだ。
せめてそう、お前と友だちになりたいんだ。
だから、俺は最大限の勇気をだして言った。
「上杉、おれと、つっ、つきあってくれないか!」
だけど、俺の口は、思いもよらない言葉を吐いていた。友だちと言おうとしたのに、飛び出たのは全く違う言葉だった。いや待て。これじゃあ道家が心配していた通りになるじゃないか。俺はあいつの言う通り、上杉のこと、好きだったのか?
接点なんてほとんどない。一方的に泣き顔を見てしまって、ワイヤレスイヤホン拾ってもらって、スポドリ買ってくれて、誕生日が妹と同じなだけ。たったそれだけ。
でも、想いに、それだけなんてないのかも、しれない。
そうか。
やっぱり道家は聡い。
俺は、俺が思ってるよりずっと上杉爽平のことを好きなんだ。もしかしたら、あの日、桜の花びらに埋もれる姿を見た時に、ひとめぼれだったのかもしれない。
「いいよ」
は?
え。いま、なんて?
眩しい朝の光に照らされて、上杉は、いや爽平は、見とれるくらいにカッコよかった。
「でもその前に、名前、教えてくれる?」
「あっ……!」
しまった。自己紹介より先に告白しちゃうなんて、俺は。俺ってやつは。
今さら恥ずかしくなって、じたばたあわてた。そんな俺を見て、爽平は噴き出した。
まぁいいか。
お前が笑ってくれるならそれでいい。
[完]
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