桜の花びらを纏う君と恋を。

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 だから驚いた。  始業式が終わって、ダラダラ廊下を歩いていると、不意に背中をつつかれた。そして目の前に差し出されたのは、白い貝殻、ではなくワイヤレスイヤホン様!! 「えー!! な、なんで?」  廊下に響きわたる声をあげてしまったけど、今はそれどころじゃなかった。  イヤホンを差し出してくれた相手の顔をちゃんと見て、ハッとした。忘れるわけが無い。あの日、桜の木の下にいた男。  謎めいた美青年は、俺と同じ制服に身を包み、窓から差し込む真白の光に照らされていた。そいつが少しだけ口角をあげた。笑ったのだと少し遅れて気づいた。 「やっぱり、そっか。後ろ姿だけだったから、ちがったらどうしようと思ったけど」 「え? あ、ああ……。ごめん。でもなんで、俺の事、わかったの?」 「なんでって、学校で見かけたことあったし。それに俺も、あの辺で走ってるから。たまにすれ違った時もあるけど、覚えてない?」  締め切っているはずの窓から、春風が吹きこんだきたような、爽やかな笑顔だった。この騒がしい廊下でも、そいつの声だけははっきりと聞こえた。  寝転がってる感じからしてデカい男だなと思っていたけど、百七十五センチある俺より、十センチくらい高い。それに目を開けた顔も、見とれるくらいかっこよかった。  こんなに目立つやつとすれ違ったら覚えてないわけないだろうに。どうしよう。完全に覚えてない。俺は初対面のつもりだったけど、違ったのか。 「じゃ。渡したから」 「あ、あの、ありがとう!」  立ち去る背中に、お礼を言うだけで精一杯だった。多分俺にしっぽがついていたら、全開で振られていたかもしれない。 「おい、走よ。お前なんで、完璧超人と口きいてたんだ? 知り合いだっけ?」  ニコニコしながら新しいクラスに入ると、道家が待ち構えていた。 「アイツは、お前なんかとは住む世界が違うんだから、あんま関わるなよ」 「むちゃくちゃな言い方だな。俺なんかって、どーゆーこと?」 「あいつがあの有名な上杉爽平(うえすぎそうへい)だぞ? 学年トップの頭脳に、あの顔、そしてあのスタイル! 身長! 生まれた瞬間からセレブな人生を約束されてたよーなやつだぞ。超有名人なのに、なんでお前は知らないんだ。同い年だぞ。俺たちと」  そう言われると返す言葉もない。てへへと頭をかくしかなかった。あ。でも。 「でも、俺はともかく、道家とは住む世界が近いんじゃないか?」 「は? なんで?」 「だってお前も頭いいし、顔だってイケメンじゃないか。目つきはちょっと怖いけど。お前はじゅーぶん、やっていけるんじゃないのか」 「……」  一瞬、道家が無言になった。あれ、どうしたんだろう。急に。 「走よ」  大きな溜息を道家がついた。 「お前は、前からわかってはいたが、本当にアレだな。天然の豊臣秀吉だな」 「天然? 養殖の豊臣秀吉なんているのか」 「もう秀吉のことはいい。それよりお前、上杉と知り合いだったのか?」 「あー、うーん。その、ちょっと、な」  別に隠す必要もなかったけど、桜の花びらに埋もれていたあいつの事を思い出して、俺の口は重くなる。  俺が話したがらないのをみて、道家は不満そうな顔をしていたがやがてポツリと言った。 「アイツ、女関係も派手みたいだから。下手に絡んで、巻き込まれるなよ」 「いやあんま、そんな感じはしなかったけど」 「甘い」  ズバッと切り込まれた。 「2年の時、同じクラスだった、桧山楓覚えてるだろ? あの黒髪ロングの超正統派美少女。あいつも上杉に弄ばれて、捨てられたらしいからな。なんせ名前にバツが4つもついてるよーなやつだからろくなもんじゃないだろ。外に女も作りまくってるみたいだし。とにかくお前はボーッとしてるから、あーゆーやつに利用されないよう、じゅーぶんに気ををつけろよ」          
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