痛みと狂気の行方

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痛みと狂気の行方

「痛い、痛い、痛いよぉ……」  深く斬られたお腹から、中身が全部出ていた。ドロドロしていて、ブヨブヨしていて気持ちが悪い。  でも、それ以上に痛くて痛くて気が狂いそう。 「むっ、まだ生きておったのか」  無感動な女の声が、上から降ってくる。見上げれば、辛うじて金色が目に入った。  金髪の女、ということ以外はわからない。ただ、ソレが普通の人間じゃないのは気づけた。 「くくっ、良い。娘、貴様は何を望んで生にしがみつく?」  ソレはくつくつと笑いながら私に尋ねてきた。そんなの、わかるはずがない。  ただ、痛いのが嫌で、苦しいのが嫌で泣きながら這っていただけ。  お腹の中にあった内臓はグチャグチャのズタズタで、冷たいアスファルトにブチまけられている。  そんな光景を他人事のように思いながら、ソレを睨み付けた。 「ほう? 人間にしてはなかなかに見込みがあるではないか」  また、ソレはくつくつ笑う。弧を描いて歪む赤い唇が見えた。 「余の下僕になると言うのなら、その命、救ってやらぬこともないぞ?」  ソレは悪魔だと、そう思った。この取引に応じてしまえば、死ぬよりも酷いことになる。  わかっていても、目の前の痛みと恐怖には勝てなかった。 「お願い、助けて。痛いの、苦しいの……」  私の答えを聞き、またソレは赤い唇を歪めた。霞んでいた視界が戻っていく。  痛みも苦しさもなくなって、飛び出していた中身もちゃんと戻っている。 「余の名はユズカ。今、この時を以て貴様の主となった者の名だ。覚えよ」  長い金髪の下の瞳は、その唇と同じく赤く深い色だった。綺麗な、それ以上に残酷なソレは笑う。 「して、そなたは名を何と言う? 呼び名くらいなくては困るでな」  深紅の瞳に問われ、言葉に詰まる。自分の名前を名乗って良いのだろうかと思ってしまった。 「るか……結城(ゆうき)瑠花(るか)です」  でも、逆らうことが出来なくて名前を口にする。ユズカ様は興味深そうに私の名前を繰り返した。 「ルカ、か。良い名だな」  何だか良くわからないけれど、名前を気に入ってくれたらしい。 「福音から禍福の使徒になるが良いぞ、ルカ。余がそなたを黒に染めてやろう」  視界が、景色が、色が、全てが反転する。グラグラと気持ちが悪い。  それもすぐに止み、目の前にはユズカ様の姿があった。 「くくっ、なるほど、そなたは適合者だったか」  ユズカ様は良くわからないことを口にした。適合者というのが気になるが、聞いて良いのか迷う。 「亡者でも良かったが、埋葬者であったのなら好都合よ」  またくつくつと癖のある笑いが響く。もう、ユズカ様を怖いとは思わなかった。  こうして私はただの人間から、埋葬者として生まれ変わった。  ユズカ様の駒として、黒を纏い敵を殺す者になった。後悔なんかしていない。 ********** ※あとがきてきななにか※ 黒い女・ユズカと、彼女に変換された駒・ルカの話。 若干ホラーな感じですが、そんなことはない。現代ファンタジーだもん、これ。 因みに、ルカは福音の使徒・ルカより。ユズカが福音から禍福にって言っているのはそれ。 与える側から奪う側へと落ちてしまいなさいと。
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