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「早川」
私は返事をしてハンドルを握る班長の横顔を見たと同時に、車内の無線機からは現場に到着した交番の警察官が屋内で一人を発見したと通報が入ってきた。さらに相当日数が経っているようで、想像できる現場の形相が近づくに連れ私のテンションを下げていくーー。
「古い(時間が経った)のは臨場したことあるか?」
「いえーー。それが、まだないんです」
「そうか……」
パンをかじりながら答えても班長は表情ひとつ変えずに話を続けた、そこはお咎めなしの関係だ。
「まずは、見た目でその人と判断できるか。それが厳しいなら指で合わさんとな。指が残ってたらいいのだが……」
班長は左手の人差し指を回す身振りを見せた。
「別人だったら大騒ぎだ」
実際に班長は県警本部にいた頃、そんな事件を扱ったことがあるらしく、そこは冗談を言わない。
時間が経って外見で分からないご遺体は指紋でその人を特定するのは教養を受けたけど、生きた人間の指紋だって簡単ではないのに、その業務を自分が担当しているというプレッシャーが襲いかかってきた。
「ーー現物見るまで分からんけど」
班長は戯けた笑みを浮かべた。現場慣れしていて、これから向かう現場の厳しさに相反してその表情には余裕がある。自分のお父さんよりは少し若いけど、それに近い年齢の熟練した刑事さんである私の師匠は、私の顔色と様子だけで私の心中を読み解くのに長けている。
「初めてなら面食らうかも知れん、だけどよ、指紋で身分割るのは鑑識の仕事よ。もうすぐ着くぞ、それより早よそれ食っとけ」
心の準備をするための時間はそう長くはなく、カーナビから「まもなく、目的地周辺です」という感情のない案内が虚しく聞こえた。
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