初めての臨場

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 現場に着くなり私は最大限の警戒線を張った。  郵便受けに溜まった新聞、地震が来たら間違いなく潰れてしまいそうな家屋、奥から風に乗って流れてくる危険な臭いーー。班長から常に言われている「現場は五感で読み解く」という言葉の中の、嗅覚と視覚、さらには少ない私の経験でも導かれる第六感が避けようのない力で私に訴えかける。 「ほら、入るぞ」  心の準備がまだできていない班長は私のことなど全く気にしない様子で呼び鈴を押した。呼び鈴は壊れていて何の反応もなく、それを知っていたかのように班長は同時に中に向かって声をかけていた。 「東署の鑑識です」  その声を聞きつけて中から制服の警察官と民生委員の方が玄関まで出てきた。身体にまとった強烈なにおいに私は思わず顔を背けた。 「大変だったな、とりあえず外に出ておいでよ」    班長は交番勤務の高村巡査をねぎらい、外へ出るよう促した。  これまでの経験なら、現場では刑事も鑑識も制服も、みんな部屋の中で対応してきた。班長は他の刑事さん達と違って制服の警察官を仕切に外に出そうとする。つまりは、中での対応を私たちだけでするという予想が不安となり自ずと顔に現れた。 「よう考えろ、交番は基本善良な市民の応接が主たるの仕事。制服が臭くなったらだめだ」  不必要に制服を汚さないのは常日頃私に言う班長のポリシーだ。私は班長の後ろにいたのに、まるで後ろにも目があるように私の懸念をよそにそう答えた。 「で、どんな状況だった?」  高村巡査はポケットからメモを取り出した。 「中の住人は71歳の男性。およそ30年前から離婚して独居で、あまり人付き合いはないそうです。最終生存はひと月前、反対番の警察官が道端で飲んだくれて寝ているのを保護したそうです」 「そうか、致命的な持病とかわかるか?」 「それが、この方病院嫌いみたいで……、中見たらわかると思いますけど、そのような資料は」 「了解、だいたい分かった。警察でお世話なったことあるってことな?」 「はい、多分本署にこの方の資料ありますよ」  班長は聞き耳を立てながら報告を聞きつつ、郵便受けに溜まった新聞を取り出して、その日付を確認し、約ひと月かと呟いていた。 「用件あったら中からお願いするから、それまでは外で事情聞いててよ」  そう言って持ってきた消臭スプレーをボトルごと渡し、身振りで身体中に振りかけるよう促すと、高村巡査は安堵の笑みを浮かべたのを私は見逃さなかった。そこに見たくない行間が見えた。 「汚れていい現場はウチらが対応したらいい。さあ、行こか。準備は、いいか?」 「……はい」  ここまで来たら後に引けるはずがない。嗅覚で訴えかける戦慄に私は腹を決めて立ち向かう覚悟を決めた。  鑑識係員としての初めての孤独死の現場、ひとつだけ救われていることがあるとすれば、経験豊富な師匠と一緒に臨場できたことくらいだろうか……。
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