初めての臨場

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 築半世紀は建っている家屋の床には散乱したゴミ、近づくほどに強くなる強烈な臭いは正常な判断能力を失わせるほどだ。 「早川、大丈夫か?」 「……はい」  警察人生の半分を鑑識係員として送ってきた班長だから、私の目色を見て多分察していたと思う。それでも班長は前を向き直り、私を置いて臭いのする先の方に進んで行った。暗に心構えるよう指示をしているところは班長の意外に優しい一面だ。  この類いの現場が苦手なのは否定しないが、私には引き返すという選択肢はなかった。 「ここだなーー」  ひと間しかない襖を開けると、布団の上で明らかに分かる状態でそのご遺体は横たわっていた。 「ああ、顔はちょっと厳しいな……」  班長は真っ先に布団を一枚捲って、身体の傷の有無と、両手に指紋が残っているかを確かめていた。明らかに日数の経ったご遺体が顕になるとさらに強烈なにおいが突き刺すように襲いかかり、思わず目を逸らした。 「確かに、ひと月は経ってるかもな。でも、できなくもなさそうだ」  目の前に横たわっているのは人間であることは分かる。ただそれはかろうじて性別が分かるくらいで、年齢も身体特徴も二択でいうなら分かるとは到底いえない状態だった。それでも班長はこのご遺体の手を見て、いける、つまりは指紋が取れると答えたことに私は驚いて返事も出来なかった。 「とりあえず、ご遺体検視ようか……」  班長は私に、車に積み込んだセット一式を持ってくるよう促し、ご遺体の横で立て膝をついた。「視る(みる)」というのは警察官が行う検視のことで、このご遺体が何らかの事件で命を失ったか否かを捜査するということだ。 「ごめんよ、おいちゃん。ちょっとカラダ見させてくれよ」  ご遺体に一礼し、班長は慣れた手つきで服を脱がせ、身体の至る所に傷や争った形跡などを点検し始めた。動かすごとに臭いが舞う、それでも班長は何の躊躇もなく作業は進められる。その作業の横で、私はそのスピードに付いて行けず、そばで見ていることしか出来ず不甲斐ない自分がそこにいたーー。 「まぁ、カラダには矛盾点はないな。早川、ファイルをくれないか?」 「あ…はい」  私は一瞬遅れて、一式の中にあるファイルを班長に渡すとご遺体の状態について素早くメモを残していた。 「ここで自然に亡くなったと見ていいな」  私は初めて見るインパクトに戸惑うだけで、ご遺体を視るという任務は班長の手であっさりと終わった。 「なーに、この先何人もみることになる。最初は誰でもそんなもんよ、俺もそうだったよ」  メモを取り終えた班長はマスク越しに笑みを浮かべた。正体のわからない不安の色が、近未来の自分についての色に変わるのが私には見え、時間が過ぎたーー。  
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