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その池に堕とすのはあなた
「……宴もたけなわ、ってわけなんですが、どうするンすかキング」
宴会場のバックヤード、片手に紐を握りしめ、おろおろと魔族の者が呟く。
「マジで血の池に堕としちゃっていいンすか? こんなに素直に愉しんでくれると、何かちょっと気の毒って思っちゃうとゆーか――」
周りを囲む魔族らも、各々戸惑いを顔に滲ませ、目配せをした。
懇親会は予想以上に盛り上がった。こうして宴の席を設けるのは天地創造以来、初めてのことだったが、思えば太古の昔より小競り合いを繰り返して来た仲である。共通の思い出話も多く、思いのほか昔話に花が咲いた。
「俺、盛り上がって連絡先交換しちゃいました……」
「腹を割って話してみると、案外みんな良い奴ですよね……」
天族なのだから良い奴なのは当然である。
キングもふだんのような潔い決断を下せず、黙り込んだままでいる。
光の王のもがき苦しむ絶望セクシー顔を拝みたいのは本心だが、せっかく得た信頼を台無しにするのもそれはそれで気が引けるのだ。
「……そうだな。今日のところは、とりあえずこのまま――」
「キングよ」
突然声をかけられ、キングは驚きのあまり目の前の魔族に飛びついた。いつの間に、光の王が背後に立っていた。
紐を握りしめていた魔族は、キングに飛びつかれた重みで、その紐を引っ張りながら後ろに倒れる。
「ぎゃああああ!!!!」
「うわああああ!!!!」
途端に抜け落ちる宴会場の床。天族らがばらばらと血の池に転落していく。光の王も足を滑らせ、煮えたぎる血の深淵に転げ堕ちていった。
「げっ、光のーーーっ!」
考える間もなく、キングもそのあとを追い飛び込んだ。
グツグツと煮えたぎる血の池。熱いやら臭いやら汚いやらで、天族らはじたばたと悶え苦しんでいる。魔族らも天族らを救出するため、つぎつぎに池に飛び込んでいく。
一方キングは、光の王の足元にどぼんと堕ちた。
「……おい、大丈夫か! 光の!」
「問題ない。私の光背はあらゆる穢れを弾く」
光の王はおぞましい血の池の表面に、平然な顔をして立っていた。
「それよりも、おぬしの方は大丈夫なのか」
「大丈夫……じゃ、ない! 俺、泳げないんだったぁ!」
キングの頭がどぷんと血の海に沈む。
光の王はとっさに袖の下より清浄なる聖紐を取り出し、自分とキングの周りを円で囲んだ。聖なる光の円環は、眩い光の中にふたりの姿を呑み込んだ。
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