2022.11.13 作品におけるオノマトペのお話

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2022.11.13 作品におけるオノマトペのお話

オノマトペって、なぁに? って話なんですけど。 擬音語・擬声語・擬態語のこと。 先から例えを挙げると、 ・ドカーン、バキューン、ザシュッ、キンキンとか ・ワンワン、ニャン、コケコッコー、ガオーとか ・ニヤニヤ、ピカリ、ウロウロ、テキパキとか こんなヤツです。 さて、このオノマトペ、漫画ではデザイン化されてコマの中に描き文字として表記されるもの、なんだけど。 オノマトペというのは、漫画では迫力を出す表現の一部であり、絵の中で文字として必ずしも読まれなくてはいけないものではないものとされている。 え、なんで? 書いてあるんだから、読んでるよね? って思うんだけど。 漫画の翻訳で描き文字ってやつは、海外に輸出される場合、以前はぜんぶ翻訳されていたんだけど、最近はそのままになってるらしい。 直すのが面倒だから、というのもあるんだけど、実は文字だから読んでると思いきや、無くても、実際に読めなくてもあんまり効果が変わらないから、らしいんだよね。 ジョジョで有名な荒木飛呂彦氏の『ゴゴゴ』とか、アニメでもそのまま表記されてたりするけど、あれ表現上の効果として扱われてるし、堀越耕平氏の『僕のヒーローアカデミア』ではアメコミ同様に英語の描き文字が使用されていて、アレ読めなくてもなんとなく効果として、文字デザインから伝わるものを音の感覚として受け入れてたりする。 どうやら絵から受け取る視覚表現から、読み手は読者の実績(過去に体験した映像音とか実体験)による記憶に蓄積してきた音とか体感を重ねているので、オノマトペ自体の音源表現は迫力効果の延長戦にあるもの、ということらしい。 もっとも、表現のなかにはその描き文字で読者に伝達させるのに重要性が高いオノマトペもあるので、一概に全部が全部、ただの効果表現だから取っ払っても同じように伝わる、というわけでもないとは思う。 (エロ漫画の擬音とか、擬態語とか、全部消したらアレ、かなりエロさが半減すると思うから、ジャンルによって影響の受けかたは違うハズ) ここまでは見るものに対して、音を頭の中で思い浮かべることができる、という読者側の受け取り方を説明してみたけど、なんだか言いたいことが伝えにくいかも。 で、ですね。 小説の場合なんですけど。このオノマトペ、非常に扱いが難しい、というか面倒くさいものだと思ってる。 上記のように、ジャンルによってオノマトペの表記って、扱いが変わってくるんだよね。 エロジャンル、ちょっとまえに大半が喘ぎとエロ音で『小説の体を為していない』『中身が無い』『金返せ』と炎上した小説もあったんですけど。 文章の1ページ画像が流出して、あまりにあまりな内容で苦笑というよりは、ただただ失笑するしかなかった記憶が(よみが)える。(⌒-⌒; ) まぁ……なんていうか、そもそもエロの佳境で放出音自体がしねーやい、というツッコミを入れつつ、ありゃファンタジーっつーか、人類の快楽に対する興味を最大限に表現して、欲望を想起させて満たさせりゃいい架空の世界の話だし、エロジャンルのお約束みたいもんもあるので、そっちはどうでもいいやとか思いつつ(ちっともどうでもよくない)、よく紙本で出せたなー、いや、出そうと思ったな(売れると思ったんか)編集部、みたいな感想を抱いてたんですな。 ああ、なんか話がズレてる。 ジャンルによってはオノマトペ大量でもOKだという前提をまず、ここに置いておいて、ですね。 小説において、音の表現で『ドカーン』『バリバリ』とかやりがちだけど、そのドカーンってどんな音?って思うわけですよ。 音。 読者の内側に、記憶の蓄積として想起される音、と言うのは、当然、その本人が過去にどこかで触れた(記憶した)ものしか紐付けされない。 音、というよりは、感覚、といったほうがいいかな。 まあ、アレですよ。 体験したことがないことってのは、これまで作家自身が体験した感覚を分類して分割して、繋ぎ合わせて想像しながら創造するしかないじゃないですか。 実際に体験したものが多いほど、真に理解してるぶんだけ、語彙数があればリアルに表現できたりはするんですけどね。 だけど、事故で死にかけたり、大病したり、死んで(よみがえ)ったりとかする人はごく少数なわけで、大半はどんなふうに感じるか、どんなふうに触れられるか、どんなふうに聞こえるか、というのを、いかに丁寧に伝えられるか、伝える相手に向けて、真摯に心を砕く必要がある。 でね、オノマトペって使っちゃうと楽なんだけどね、実際のところは音の質感とか、身体に伝わる振動とか感情とかをぜーんぶ吹っ飛ばして、表現できちゃうんじゃないかと考えてるんだよね。 個人的にはどっちかと言うと、作家側が勝手に『表現できてる』気がしてるだけで、実際のところは、読者になんにも伝わってないんじゃない?と思うわけ。 たとえば、だなぁ……、 『ピチョーン、ピチョンと、光のない広い洞窟の中で水が滴っている。』 『洞窟の奥は闇が広がり、まばらに水滴が落ちる音が空間に反響する。』 どっちが良いんか、っちゅう話なんだけど、自分でも書いていてコレ、好みの問題じゃね?という気がしてきた。(オイ) 個人の感覚としては、オノマトペって実は読者の記憶内に格納されている記憶を想起させにくく、作家が想像するものと違うものを伝える可能性が高いんじゃないかなと思うのだ。 「別にそんな細けーコトはどーでもいーんだよ!」「話が面白けりゃどーでもいーんじゃ!!」という人もいるだろうし、あくまでも作品の方向性にもよるんだろうな、とは考えてるんですけども。 作品の文体の品質としては、オノマトペを単純に表記するよりは、読者の内側から想起させるような感覚を(つづ)りたい、という表現に、こだわりたいのかもしれない。 体感的な文章を伝えるには、あまりオノマトペに頼るのはよろしくない方法じゃないかなーと考えている、というお話でした。 イマイチ、説得力がないかな。 『個人の感想です』みたいになっちゃってて申し訳ない。 最後にオノマトペ関係なく、気になっていることを書いてみる。 最近、小説に対して漫画化前提が増えてるのは、なんか脚本的と言ったらいいんだろうか、実際に読んでみると内容は相当面白くても、どうも文章の表現としてはかなりヤバくね?と感じるものが多いからなんだろうな、と思うわけです。 作文かよ、とツッコミを入れたくなる、というね。 でも、内容は悪くない。というか相当面白かったりする。 売れるものを探してる出版社は、『じゃあ、漫画の原作に使ったほうがいいよね』と本人が描く話はイマイチだけど綺麗な絵を描く漫画家を見つけてきて、原作あてがって成功するケースが増えてきてる。(お互いがwin-winだけど、一作品で終わり、なケースがほとんどな気がする) まあ、それでもいいと思うんですけど。 一本でも、外に出せて多くの人に知ってもらえるって凄いことですもんね。 なんでこんなことを書いてるかと言うと、「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」の原作とコミック版の初回を読んだときのことを思い出したから。 コミック版がとても面白くて、小説版読んで「コミック化した理由って——、ああ……」と察した記憶。 今、アニメ版見てるんだけど、実は作画がイマイチよろしくない(最近の高品質アニメに比べるとかなり普通)のに、やっぱり面白くて、意外にも今期一番楽しみにしてる良作だったりする。 たぶん、自分が逆境に負けない強強(つよつよ)メンタルのヒロインが好きなだけかもしれない。(^^;; あと、EDの曲が最高なので、聞いてみてほしいな。これから出てきそうなアーティストさん「ACCAMER(アッカメル)」の「ノミック」。 めっちゃ歌上手い。曲のテイストも良い。 Youtube フル→https://youtu.be/MSNNBHugtag んで、ひたすら作業用(https://youtu.be/p_jeyRYwvDo)聞いて文字打ち作業してます。 (アルバム買おうかな…) これまた個人の感想なんだけど、アニメのOPやEDで曲が良くて上手く世界観合わせて出来がいいな、と思った作品って、大抵本編も良作であることが多いんだよね。 上記のアニメも、本編の作画が普通だなーと思ってた割に、EDがコスト低めなのに世界観と出来が良くて、なるほど、と納得したのでした。 (ちなみに、今季のOPの最高レベルは『スパイファミリー』と金カム。さすがの仕上がり…)
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