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しぶしぶというように遊里は顔を向けた。赤い頬を包むと火照ったように熱い。猫のように頬をすり寄せながら目を閉じた。
「こんな幸せでいいのかな」
「お前が幸せだと嬉しいよ」
「ん、俺も彰仁さんが幸せだと嬉しい」
遊里は手を重ねるとぎゅっと握りこんだ。
「一緒に暮らそうって言ったら困る?」
探るような視線を受けて、もしかして、と思った。
飄々として厚かましく見えるけど、ずっと遊里も不安だった? どうすれば彰仁が喜ぶのか、どうしたら笑ってくれるのか探りながらそれを感じさせないようにして。
「お前本当に可愛いな」
「えっ、可愛いなんて言われたことないけど」
「可愛いよ」
体も態度もでかくて、どこから見ても強い男にしか見えないけど。遊里を知れば知るほど愛おしさばかり増えていく。
まさか自分を組み敷く男にこんな感情を持つとは思っていなかったけど、今胸にある気持ちは母性のようなものだ。
「おれにとって遊里ほど愛おしいものはないけど」
「うわ」と言ってとうとう遊里は顔を覆ってしまった。
「待って待って、今日ほんとにどうしちゃったの?」
「何が」
「彰仁さんがそんな愛情表現してくれるとか、え、なんかドッキリとか? 俺の反応を見て楽しんでる? 後からやっぱ違ったとか絶対ナシで!」
「失礼だな。ないよそんなん」
彰仁は遊里の頭の後ろに両手を回すとぐっと引き寄せた。大人しく降りてくる体を抱きしめる。
「一緒に暮らしたいの?」
聞けばコクリと頷く。
幼い仕草に胸がしめつけられた。愛おしさにどうにかなってしまいそうだ。こんな可愛げのある男だったか。
大切にしたくなって顔を覆った手の上から唇を押しあてた。
「じゃあ部屋も探しに行かないと」
「ホンキで言ってる?」
くぐもった声が返ってくる。
顔を見たくなって手を引きはがそうとしたけど強い力で笑ってしまう。どれだけ隠れていたんだよ。
「顔見せてくれたらわかるよ」
「だって今マジでヤバイ顔してるもん。嬉しいのと信じられないのと混乱してどういう顔でいていいかわかんない」
「お前の顔ならどれでもいいよ」
さらに力をこめるとふ、と緩んで遊里の顔が現れた。まるで泣く手前みたいな頼りない顔つき。馬鹿だなあと思う。おれなんかをそんなに好きになっちゃったの?
「泣く?」
「デリカシー無さすぎ」
「ははっ」
フワフワの髪をかき混ぜたら鳥の巣のように絡まった。さらにワシャワシャとしていたら抑えられて激しいキスに攫われた。
「好き」
まっすぐな愛情に応える。キスを返しながら囁いた。
「おれは愛してる」
「俺なんか一生愛してる」
「世界で一番愛してる」
「じゃあ、じゃあさ、彰仁さん……俺を一人にしないでね」
しないと言う代わりに足を絡めてやった。
これからずっとそばにいるって言う代わりに中をぎゅうっと締め付けた。痛て、と言いながら遊里が泣き笑いの顔をする。
「……生きててよかった」
それはきっと大げさではなく。
何度も自分を傷つけながら生き延びてきた遊里の心からの声だ。彰仁の想像の及ばない孤独。この世で一人だという恐怖。小さな体に抱え込んだものはどれだけのものだったのか。
大人になっても癒えない深い闇はこれからも遊里と共にあるだろう。
だけどこれからはその穴に彰仁も一緒に入ってやろう。
手を繋いで抱き合って、いつか浮上できるように。孤独のそばに寄り添っていてやるから。
律動を始める遊里からぽたりと水が落ちてくる。
汗に見せかけた涙を受け止めて彰仁も動きを合わせた。二人で奏でる愛の歌。嵐のような激しさはなく、ただ慈しみあうだけの行為は静かに朝まで続いた。
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