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スマホ越しでは高田がさらに興奮して遊里を責めている。
興味のない女にわめかれたって嫌な気持ちが膨らむだけだってなんでわかんないんだろう。寝室に残してきた彰仁のぬくもりが恋しくなって遊里は「あのさあ」とさらにトーンを落とした声を発した。
「用ってそれだけ? マジでウザイよあなた」
仕事の話なら事務所を通してほしい。それも時間内に。
あとプライベートなら二度と連絡してくんな。
「あとさ、これからもバンドの形でやってくならギターとベースの区別くらいつけた方がいいよ。あなた何もわかってないでしょ。俺の本職はベース。ギターでいいって言ってたけどそれって失礼な事だって思わない?」
ビジュアルの為だけに遊里が欲しかったなら他にもたくさん候補はいるだろう。もしベースの腕を買ってくれていたらまた少し変わったのかもしれないけど。まあすべて終わったことだ。
そのことだけを告げると一方的に通話を切った。これ以上かけてくるならブロックだなと思ったけど、さすが元アイドル。プライドが許さなかったのかこれ以上煩わせることはなかった。
最後のアドバイスは親切すぎるかと思ったけれど、まあ計画成功のお礼ってことで。
彰仁は焦れる気持ちを押えながらジワジワと取り囲んだ罠に気がつくことはないだろう。それでいい。何も知らずに愛されていてくれれば。
あの夜、酔っぱらいをタクシーに乗せた後の彰仁の跡を追って自宅を突き止めた。
だからあの人の女遍歴も知っている。なんでこんなつまらない女ばかりと思ったけれど遊里にとっては好都合だ。
ほんの少し遊里が手を出せば簡単に女は落ちたし、彰仁から離れてくれた。少しずつ毒薬を盛る様に彰仁の心を痛めつけていく。
あの人が傷つけば傷つくほどその痕を甘く舐めてあげられるから。
そして運命の日。
想像以上の形で彰仁が手に入ったのだ。
ホテルで触れた彰仁のことを忘れることはない。緊張していたくせに気持ちいことに素直ですぐに解けた身体。
女に絶望するように仕向けた相手に抱かれているなんて知らずに欲望を散らしてくれた。
今でも夢なんじゃないかと思うことがある。
彰仁さんを恋しいあまりに見た幻。だけど醒める前にまた体温に触れるから現実に繋がっていることが出来る。
もし彰仁がいない人生ならとっくに捨てていた。
「遊里?」
寝ぼけた彰仁がTシャツ一枚の姿でベランダの扉を開けた。風が吹いて髪を揺らす。昔の貼り付けた笑顔も魅力的だったけど、今の無防備な幼さもたまらない。
遊里なしではいられなくなるようにこれからも幾重に絡めとっていってあげる。
彰仁は遊里の昏い欲望に気がつかずベランダに出てきて並んだ。ふわりと彼の匂いが届いて深く吸う。ああ彰仁さんの匂いだと思っただけで下腹部が重く疼いた。
「大丈夫? 仕事か?」
「ううん。それなんだけど今回の楽曲で終わりになっちゃった」
ツラっと嘘を吐きながらしおらしい声を出してみる。
彰仁は同情を込めた視線を向け、そっか、と呟きながら抱きしめてくれるから遊里も安心して包み込んだ。
元々育ちのいいひとなのだ。疑うことを知らない。愛情も罠もみんな好意と思って受け止める愚かさを遊里は愛している。
この人の体温も呼吸も遊里のものだ。心と身体だけじゃない全部が欲しい。遊里でいっぱいにしてその他なんて入り込ませない。
「これからどうすんの?」
「ん~、またライブ活動かな」
「そっか、今だから言うけど……お前のベースの音好きだからちょっと嬉しいな」
「ふふ、彰仁さん俺の音でイケるもんね。今度そういうプレイする?」
背中を抱きしめていた手を腰に落とすと下着の中に手を入れた。まだ遊里の形に緩んだ窪みに指を這わすと甘い吐息がもれた。
「……だめだって」
「いいじゃん。みんなに聞いてもらう? 彰仁さんのエッチな声」
言えば想像したのか蕾がひくりと震えた。
ああ可愛いな。愛おしくてたまらない。遊里は更に囁いた。
「これから仕事に行く人たちにも聞こえちゃうかも。きっとその人彰仁さんの恥ずかしい姿を想像して一日中興奮しちゃうね。どうする、オカズになっちゃうかもしれないよ?」
「……んなはずないだろ」
「えー俺だったらする。仕事中だろうがトイレにこもって一人エッチしちゃうと思う。彰仁さんのこと想像して抜くよ」
「そんなのお前だけだ」
俯いた耳たぶが赤く染まっていた。声もしっとりと濡れていて欲情を誘う。遊里はゆっくりを笑みを深くすると囁いた。
「じゃあベッドで俺だけに愛されてくれる?」
この先一生遊里だけに。
手を繋げば大人しくついてくる彰仁に満足そうに笑うと、遊里はベランダの扉を閉めた。
fin
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