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二.
まだ、このことは公には発表されていない。
全世界から『神』と称されながらも、生涯一シェフであることを貫いてきた彼は、騒々しくわざとらしくもてはやされるようなことを嫌っていた。
例え勲章を授与されようとも式典などは必ず欠席するということでも有名であり、それを重々承知である親しい者たちは、茫然自失に涙に明け暮れ歯を食いしばりながらも、彼の遺志に則り、できるだけ密やかに速やかに身内だけで葬儀を済ませようと、わざわざ遠く離れた片田舎の古びた葬儀場へ亡骸を運び、事を取り急いだのであった。
それぞれに口づけや別辞を捧げた棺桶が、やおら炉に滑り込むと、喪服の一団は、固く閉じられた厚い鋼鉄の蓋に黙祷を送り、葬儀方に促されるまま広い中庭へと歩み出た。
それまでの薄暗く重苦しい廊下から、燦々と陽光降り注ぐ屋外へと流れ着いた一行は、光を照り返す芝生の眩しさにも目を細め、大きく息をつき、顔を見合わせる。
「本当に……惜しい方を亡くしましたね……」
「世界に唯一無二の存在ですからな……。我がレストランも、これまでの十倍、いや、百倍は頑張らねばなるまい」
「結局……彼の後継と呼べる程の人材が育つまでに至らなかったのが、悔やんでも悔やみ切れません。
いや、まぁ、何しろ『神』ですから、それも仕方の無いことかも知れませんが……我々の力不足、努力不足です、本当に、申し訳無く存じます……」
粛として語り合う大人たち。
と、その足元を、小さな黒い影がぱたぱたと駆け抜けた。
「あぁ、タニア、転ぶわよ」
「大丈夫だよー」
人の死というものなどまだよくわかっていないであろう、幼い少女が、やっと退屈な大人たちの行事から解放されたとばかりに、スカートの裾を翻し庭の真ん中へと突き進んでいく。
芝生のそこかしこで安心し切って何かをついばんでいたムクドリたちが、一斉に飛び立った。
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