2.転がり込んだからしょうがない。

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「あー、こいつ家に来た奴にはみんな吠えるから、なにも愛莉ちゃんだけ特別嫌ってわけじゃねえから気にすんな」  ムッとしていたはずなのに、キョウヘイにさらっと名前を呼ばれたことで愛莉の機嫌は上昇する。  宥めるようにあずきを抱っこして歩くキョウヘイに、愛莉も続く。   「おやつでもやるか? そしたらちょっとマシになるかも……あー、こらこら、そんな吠えんな、近所迷惑だろ、ここの壁うっすいんだからさぁ」  愛莉に吠え続けるあずきを説得しながら、キョウヘイは玄関のすぐそばにあるキッチンへ向かった。  そしてコンロの下にしゃがむと、あずきを左手で抱えたまま右手で収納庫を開き、中から犬の餌らしきものを出した。   「なに、こんな時間におやつ?」 「飼い主の生活に合わせてるからしょうがねえよな。でもあんまやると肥えるから、一つだけな」  キョウヘイは『やわらかささみ』と書かれたジッパー袋に入ったそれを一本取ると、立ち上がって後ろにいる愛莉に「ん」と言って渡す。  キョウヘイの腕から解放されたあずきは、うーと唸り警戒をしながらも少しずつ距離を詰めている。どうやら不審者の追放か食欲か、葛藤しているようだ。  愛莉は別に仲良くなりたくないんだけど、と思いながらもずっと吠えられてはうるさくてたまらないと思い、ゆっくりとその場に腰を落とした。 「はい、どうぞ」  気のない様子で小指程度の長さのささみ棒を差し出すと、あずきは低い姿勢で歩み寄ったあと、ものすごい勢いでおやつだけ奪って走り去った。
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