2.転がり込んだからしょうがない。

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「また明日……今日も仕事があるの?」 「まあな、朝八時から出勤」 「はち……ってもう二時なのに、寝てる暇ないじゃん!」  愛莉は白い壁にかかったシンプルな円形の掛け時計を見て驚きの声を上げた。 「三、四時間寝れたらいい方だろ、本当は今日は休みだったとこ俺が勝手に出てただけだしな」 「え? な、なんでそんなこと」 「ホシが動きそうな気がしたから」  くあ、と一つあくびをして大きく伸びをするキョウヘイに、愛莉はキョトンとしていた。 「……なにそれ、勘?」 「それもあるけどなぁ、犯罪者にもいろいろ種類があるんだ。現場の様子ややり口からなんとなく性質が伺える。そこから犯人を探したり次の行動を予測したりするんだ」  今までの経験と勘を頼りに休日返上し、先ほど乗っていた車で犯人の様子を伺っていたのだ。  そして実際、ホシは動いた。キョウヘイの狙い通りだった。  そのおかげで愛莉は危険を免れたのだ。 「キョウヘイ一緒にお風呂入ろうよ、背中流してあげるから!」 「どーも、気持ちだけもらっとくわ」 「ちょっと、子供扱いしないでよー!」  キョウヘイは必死に進言する愛莉に背を向け、ひらひらと手を振り風呂場へと消えていった。  しばらく頬を膨らませむくれる愛莉だったが、ピンといいことを思いつくと怪しげな含み笑いをする。  床に放置されたダークグレーの上着。  愛莉はしゃがんでその内ポケットをまさぐると、指先に当たった硬く薄いものを掴み出した。  警察官なら所持しているのではないかと思っていた、目当てのものを手にした愛莉は満足そうな表情を見せる。  黒革のケースを開くと、下部に金色の旭日章(きょくじつしょう)が現れる。桜に似た警察を象徴する紋だ。しかし愛莉の興味を引くのはそちらではなく、反対側にあるキョウヘイの写真。  群青色の制服にネクタイをきっちり首元まで締めたその姿に、愛莉は思わず「似合わなっ」と吹き出す。 「……あ、なるほど、だから『キョウヘイ』なんだ」  〝警部、(かがみ)(たいら)〟  警察手帳に載った彼に、愛莉は軽くキスをした。  これが、鏡平の幸福な受難の幕開けとなる。
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