3.好きなんだからしょうがない。

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「ちょっと、まさかそのまま仕事行く気?」  狭い洗面台で歯を磨き顔を洗うと、ろくに髪もとこうとせずに踵を返そうとする平に愛莉が待ったをかけた。 「なんだ、ダメか?」 「少しくらいセットしたら? 私そういうの得意だからやってあげる!」  愛莉は一度部屋まで走ると、ハンガーにかけた自分のパーカーのポケットからハンドクリームを取り出す。  急いで洗面所に戻るとキャップを外し、チューブを押して手のひらでこねるように広げると棒立ちしている相手に「しゃがんで」と催促した。  平は「別にいいのに」とぼやきながらも愛莉に礼をするように頭を低くしている。  こしのある黒髪全体にまんべんなく潤いを馴染ませる。ラズベリーの香りのクリームが、しっかりとワックスの代わりを果たす。 「ようし、できた、これでどう――」  一分の超簡易的なセットだったが、前髪を上げて無造作に跳ねを散りばめただけで恐ろしく印象が変わった。  が、平と間近で目が合った愛莉は、せっかく整えた髪を思いっきりぐしゃぐしゃにしてしまう。  当然意味不明な平は「なんだなんだ!?」と戸惑いの声を上げていた。  ――やばい。倍増し男前だった。  そう悟った愛莉は、他の女にモテても困ると元の木阿弥に還す。  この破壊力は自分だけの秘密にしておきたいと思った。 「これぐらいだらしない方がキョウヘイらしくていいと思う、うん」  愛莉は自分に言い聞かせるように文字を連ねながら、適度に崩した感じの髪型に落ち着かせた。
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