3.好きなんだからしょうがない。

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「そんな頭ごなしに否定しなくてもだな」 「私、強いから必要ないの、一人でも生きていけるから、今更大人になんか頼らない」  愛莉は強い意志を込めた目で平を見据えた。  焦燥の中に見え隠れする哀愁と自尊心。  それは、手負の獣を彷彿とさせた。  愛莉はなにも児童養護施設だけを毛嫌いしているわけではない。大人という存在に世話をしてもらうのが気に食わないのだ。  子供と呼ばれる年齢だって、今までどうにか生きてきた。だから、これからも、救済の手にすがるつもりはない。平のことだって、自力で手に入れると決めている。  夜に徘徊し危険な目に晒されるより、特定の場所で守られた方が明らかに安全だ。  しかし、愛莉はアイデンティティを持っている。確固たる意志がある人間の自己主張、それを安易に手折る権利は誰にもありはしない。例え幼い未成年者だとしてもだ。    しばし流れる沈黙の時は、ハッとした平が左手の腕時計を確認したことで破られる。  残念ながら時間切れだ。いよいよゆっくりしていては遅刻してしまう。 「あー、その話はとりあえず置いといてだな、金は持ってるのか?」  突然のダイレクトな質問に、愛莉は少し面食らって目を泳がせた。  あるには、ある。しかしそれは数日前に声をかけてきた男の隙を見て、かすめ取ったものだ。生きるために仕方ないと自分を納得させてやってきたことだが、とても平には言えなかった。 「……ないことは、ない、けど」  平は昨日と同じダークグレーのスラックスのポケットから黒い三つ折り財布を出すと、その中から引き上げた紙切れを愛莉の前に差し出した。
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