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千円札の肖像画が、目を丸くする愛莉をじっと見ている。
「少なくて悪りいけど、とりあえず今日の朝昼晩の飯代だ。返すとかは言いっこなしな」
頭の上から落ちてくる言葉を受けながら、愛莉は遠慮がちに手を伸ばした。
「鍵が俺のしかねえからな、外出するなら短時間、道を右に曲がってしばらく行けばスーパーとかコンビニがあるから適当にそこで調達しろ。家にいる時はちゃんと戸締まりしとくんだぞ」
食事のことを考えてくれた上に在宅時の配慮までする平に、愛莉の胸にポッとあたたかな灯がともる。
両手を添えて持った紙幣から、愛莉はしばらく視線を外せなかった。
そこら中に流通している見慣れた一枚が、愛莉にとってはとても貴重に思えたのだ。
「……ありがとう」
自分でも驚くほど、素直に感謝の声が出た。
愛莉の辞書から消えかけていた文字が、優しく舞い降りて色濃く縁取る。
平は少し驚いたように目の幅を広げたあと、嬉しそうにくしゃっと笑った。
「なんだ、ちゃんとお礼言えるんじねえか、偉いな愛莉」
そう言ってポン、と愛莉の頭に手を置いた平は、数秒後自分の行いに気がつく。
――しまった、つい部下にやる癖で。
心の中でそう思った時にはもう遅い。
先ほどまで大人しくしていた愛莉が、潤んだ瞳で平を見上げぷるぷると打ち震えている。
今にもなにかが爆発しそうだ、と察知した平は顔を引き攣らせたじろいだ。
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