4.動き出したんだからしょうがない。

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4.動き出したんだからしょうがない。

 平が玄関から見えなくなると、愛莉は満足げににんまり笑ってドアを閉めた。  さらっと名前を呼び捨てにされたことが嬉しく、自分のために焦る平の顔が微笑ましかった。  軽い足取りで部屋に戻るとローテーブルに紙幣を置き、広げっぱなしの寝具を片付け始める。  まずは愛莉が寝ていた和室の掛け布団、続いて敷布団を小さな身体を使いせっせと折り畳む。  枕カバーも含め、寝具はすべてチャコールグレーだ。スーツやスウェットといい、どうやら平はグレー系の色が好きらしい。  昨夜愛莉が「一緒に寝よう!」と何度言っても平は「ダーメ」の一点張りで、結局別々に寝ることになった。  いつも平が寝室として使用している比較的広い和室に愛莉が、テレビやテーブル、あずきのゲージがあるフローリングの部屋で平が夜を明かした。  枕や掛け布団は洗い替え用があったが敷布団は一つしかなかったため、平は硬い床の上で座布団を繋げて横になる他なかった。  せめてソファーがあればと思ったところだが、この家にそんなスペースはない。  愛莉は試しに先ほどまで平が寝そべっていた場所に横になってみる。 「かっった! 身体痛くなりそう、強情張らずに一緒に寝たらよかったのに」  大きな独り言を口にしながら、ころんと寝返りをうつ流れで、頭を乗せていた綿の塊に顔を埋めた。  瞬間、ふわっと香り立つ。  汗とせっけんに混じり、大人びた苦味と若さを残した皮膚の空気。  子供とは違う、年齢を重ねてきた芳醇な匂いだ。爽やかとは言い難い平の体臭が、愛莉はたまらなく好きだと感じた。
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