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それから自分の服に着替えた愛莉は、ジーンズのポケットに忍ばせていた万札三枚を断腸の思いで破く。
もう、どんな理由があっても、絶対に人のお金を盗んだりしない。犯罪にも関わらない。
心中でそう強く誓いながら、愛莉は細切れになった紙をキッチン横の丸いゴミ箱に捨てた。
残されたのは、平にもらった千円札一枚だ。
出会ったのがまさに現場だったため、平の仕事ぶりはほんの一部だが知っている。
平ががんばって悪い奴らを逮捕して稼いだお金。例え額は低くても、愛莉にはとても大事に思えた。
洗面台で洗った顔を目についたタオルで拭き、白い折り畳み式のブラシを開いて髪をとく。
いつぞやに泊まったホテルのアメニティだが、旅行したことがない愛莉はそれに気づかない。
歯ブラシやコップが一組しかなく、タオルもシンプルなものばかりだ。女の気配がないことを感じる度、愛莉はいちいち喜んでしまう。
――まあ、いたって奪うけどね。
若さと美貌に自信がある愛莉はいつも前を見て歩いている。劣悪な家庭環境でも、それを他人に察知されて「かわいそうな子」だと憐れまれ、自分が損をしないように。
愛莉はゲージの上に置かれたピンク色のリードと首輪を見つけると、手探りながら時間をかけてあずきに装着した。あずきは先の件で愛莉に親近感を覚えたのか、ずっと大人しくしている。
「これでいいかな? よし、あずき、散歩に行ってみよう」
「わん!」
嬉しそうに返事をするあずきに、愛莉は少し躊躇いながらも手を伸ばす。
毛並みを整えるように頭を撫でると、柔らかくてあたたかくて悪い気がしなかった。
平が大切にしていると思うと、愛莉の目にも特別に映る。
愛莉は思いきってあずきを胸に抱くと、玄関のドアを開けた。
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