4.動き出したんだからしょうがない。

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 それから自分の服に着替えた愛莉は、ジーンズのポケットに忍ばせていた万札三枚を断腸の思いで破く。  もう、どんな理由があっても、絶対に人のお金を盗んだりしない。犯罪にも関わらない。  心中でそう強く誓いながら、愛莉は細切れになった紙をキッチン横の丸いゴミ箱に捨てた。  残されたのは、平にもらった千円札一枚だ。  出会ったのがまさに現場だったため、平の仕事ぶりはほんの一部だが知っている。  平ががんばって悪い奴らを逮捕して稼いだお金。例え額は低くても、愛莉にはとても大事に思えた。  洗面台で洗った顔を目についたタオルで拭き、白い折り畳み式のブラシを開いて髪をとく。  いつぞやに泊まったホテルのアメニティだが、旅行したことがない愛莉はそれに気づかない。  歯ブラシやコップが一組しかなく、タオルもシンプルなものばかりだ。女の気配がないことを感じる度、愛莉はいちいち喜んでしまう。  ――まあ、いたって奪うけどね。  若さと美貌に自信がある愛莉はいつも前を見て歩いている。劣悪な家庭環境でも、それを他人に察知されて「かわいそうな子」だと憐れまれ、自分が損をしないように。  愛莉はゲージの上に置かれたピンク色のリードと首輪を見つけると、手探りながら時間をかけてあずきに装着した。あずきは先の件で愛莉に親近感を覚えたのか、ずっと大人しくしている。 「これでいいかな? よし、あずき、散歩に行ってみよう」 「わん!」  嬉しそうに返事をするあずきに、愛莉は少し躊躇いながらも手を伸ばす。  毛並みを整えるように頭を撫でると、柔らかくてあたたかくて悪い気がしなかった。  平が大切にしていると思うと、愛莉の目にも特別に映る。  愛莉は思いきってあずきを胸に抱くと、玄関のドアを開けた。
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