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「ち、違う、俺はなにもしてない、こいつから誘ってきたんだ!」
「へいへい、詳しいことは署で聞くって」
下敷きになった男は抜け出そうと身をよじるが、その重心はびくともしない。
「キョウヘイさーーん!」
ドタバタと騒がしい足音とともに参上したのは、キャメル色のスーツに身を包んだ小柄で痩せ型の青年だった。その片手にはコンビニらしい乳白色の袋が携えられている。
「足早すぎますって、危うく見失うとこだったじゃないですか、僕がアンパン買ってる間に――って捕まえたんですか!?」
目が飛び出す勢いで驚く青年に、キョウヘイと呼ばれた彼は顔を上げるとひょいと頷いた。
「てなわけで、応援頼むわ」
「は、はいっ!」
サラサラのおかっぱヘアーの彼がビシッと右手で敬礼しながら返事をする。その勢いで袋に詰められていたアンパンがポロリと床にこぼれ落ちた。
愛莉はその様子をただ見ていた。
どうすればいいかわからず、扉の閉まったエレベーターの前で呆然と立ち尽くしていた。
そんな愛莉にキョウヘイは、中年男性を取り押さえたまま視線をくれた。
目が合った瞬間、ビクリと肩を跳ねさせる愛莉に、キョウヘイは軽く微笑んだ。
「悪いなお嬢ちゃん、もうちっとそのまま待っててくれっかな」
優しげな目尻がしなる、空気が抜けたような穏やかな笑顔は、愛莉を落ち着かせるとともにその場に引き留めた。
それからほどなくして現場に到着したのは、上下が白黒に分かれたセダンのような車体だった。
誰でも見覚えがあるそれは、愛莉にだってよくわかる。
――ああ、やっぱり。
やり取りから想像されていたことが、パトカーを見て確信に変わる。
彼らは警察官だと。
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