4.動き出したんだからしょうがない。

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「――ギャッ! け、警視!」  倫太郎は頭一つ分背の高いスマートなフォルムの人物と目が合うと、咄嗟に一歩下がって敬礼をした。  群青色の制服に身を包んだ彼は切れ長の目に黒縁のメガネをかけており、髪はオールバックに整えてある。 「これはどうも、警視さん」  腰を上げる平に、(はなぶさ)(すぐる)はメガネのブリッジを指先で押し上げる。  通称エイケツ……と呼ばれているのは裏だけで、本人は知らない。役職の高さ以前に、近寄り難い雰囲気があるからだ。それは本当の彼を知らないゆえだろうが。 「ずいぶん楽しそうな話をしていたが、例の件は考えてくれたのか?」  傑の言葉に、平は「えーと」と明後日の方角を見てお茶を濁す。  そんな平に、傑は小さく息をついた。 「もう独り身になってずいぶん経つだろう。日に日に警視監から圧力をかけられる私の身にもなってくれ」  エリートにはエリートの悩みがあるらしい。  ノンキャリア組とキャリア組が親しくする機会など滅多にないが、この二人は特別だ。  小学校時代の同級生で、中学から学校が分かれたものの、警視庁で再会した。  警察庁採用のキャリアは国家公務員なので全国転勤がある。傑も例に漏れず地方へ赴任していたが、最近こちらに配属になり平と一緒に働けると密かに喜んでいた。そのためなにか理由をつけてはわざわざ顔を見にやって来る、ちょっぴり困った警視さんである。  大卒のキャリアは警部補から始まるためこの年齢で警視も頷けるが、高卒のノンキャリアなら退職時に警部で出世した方だと言われるくらいだ。若干三十にして警部を勤める平は異例で、もしや警視長あたりまで行けるのではないかと、ノンキャリア組の中では期待も込めた噂が囁かれている。
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