2.転がり込んだからしょうがない。

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 キョウヘイが後ろを見ると、愛莉はすでにアパートの前まで行き立ち止まっていた。  両手を背中で組み、キョウヘイの視線に笑顔で応える。  天使の微笑み――ではない。キョウヘイには愛莉の頭と尻にピンク色の矢印のような角と尾が見えた気がした。  こっちだ、と促すキョウヘイにご機嫌について行く愛莉。  ルンルンと音符が舞う様子でやや錆びた階段を上がると、一つ二つと焦茶色のドアを横切る。  キョウヘイは突き当たりの角部屋で足を止めると、上着のポケットから鍵を出し、慣れた手つきで解錠して丸いドアノブを持った。   「あ〜、先に言っとくけど、なんにも面白いものなんてねえからな。ただのおじさんの一人暮らしだぞ」  ――ただのおじさんの一人暮らし、上等ではないか、と愛莉は思った。 「いいよー、それだけで十分面白いから」 「なんだそりゃ……いや、違うな」  不意に、キョウヘイはなにか思い出したように視線を宙にやった。 「一人、と一匹か」  キョウヘイがそう口にすると同時にドアノブを回し、手前に引く。  するとそれが合図になったのか、どこからかテテテテ、とフローリングの床を蹴る小さな足音が聞こえてきた。  瞬く間に近づいてきたそれは玄関前で止まり、代わりに「わんっ!」と威勢のいい声が響く。  大人が三人も並べばいっぱいになる面積の靴置き場、そこには入り込まないギリギリのところで、三角型の両耳とふさふさした尻尾を持つ生き物がまん丸い瞳を輝かせ主人を見上げていた。
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