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《episode 8》
端っこがやや欠けたお月さんが、高く高く昇ってら。
小さく見える星粒たちも、きらきら、きらきら、光ってら。
オレはタドコロユカん家のベランダから、藍色の空を見上げていた。微風に揺れる花壇の草花も、今夜が絶好の好機であると告げてらあ。
これから夜はもっと更けていく。眩しい昼間に比べれば、オレたち猫にとって動きやすい時間となる。勝利を我が手に──。手繰り寄せる力は、この肉球の中に潜んでいる。
「ニャーン(大将、無事に帰ってきてね)」
甘えた声でみるくが言った。名残惜しそうに、オレの肩にもたれかかっている。
「ニャーン(闘いに勝ったら、ずっとずっと一緒にいようね。大将はわたしの旦那さまなんだからね)」
フフッと笑いが漏れた。まったくメスってやつは、強いオスに惹かれるモンだな。誰かと結婚するなんて思っていなかったが、ここらで身を落ち着けるのも悪かねえか。
「ナア(おまえのために、必ず勝って帰るさ。だから大人しく家で待っていろ)」
みるくは、オレの毛をぺろぺろと舐めた。よせやい、くすぐってえじゃねえか。
「ニャーン(……ん、旦那さまの匂い……いい匂い……)」
何でえ、ムラムラしちまったか。まあ、しゃあねえわな。強いオスには、メスをその気にさせる特別なものがある。みるくは手術してガキ猫を産めねえ身体らしいが、だからって可愛がってやらねえ理由はねえモンさ。ま、ちぃとばっかり待っていろ。帰ったら本能を揺さぶるような熱いキスをくれてやるからよ。
オレを慕うみるくとイチャイチャしていたら、白い着物を着たタドコロユカが現れた。髪を馬の尻尾みてえにして、右手にはあのトンファーとか言う武器を握っている。
「じゃあ茶太郎、そろそろ行こうか」
その言葉を聞き、オレはやや強引に、みるくを引き剥がした。束の間の別れだ。おまえは愛すべきものさと言わんばかりに、みるくの白い頬をぺろりと舐めてやった。
「ナアン(こっちは準備万端だぜ。んじゃ、行くとしようか)」
すぐにオレとタドコロユカは、玄関へと向かった。後ろをついてきたみるくは、決戦前の火打ち石だと言って、カツカツと牙を鳴り合わせた。
「ナア(へへ、みるく、数刻のあいだ待っていろ。黒猫の首を持って帰るからよ)」
言うと、みるくは祈るように目を細めた。
「ニャーン……(いってらっしゃい……。旦那さまにご武運を……)」
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