《episode 1》

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《episode 1》

オレはまだ(たかぶ)っている。 つい今さっき、ニイヤマん()のゴローを()してきたところだ。  この町を仕切るオレは、みんなから(たい)(しょう)と呼ばれ恐れられている暴れん坊の猫だ。  喧嘩なら絶対に負けねえ。メスはすべてオレのものだ。何も知らねえバカ猫が、オレにちょっかい出してくりゃあ、殺す寸前まで痛めつけてやる。  オレは()(かく)(にら)み合いなんて無駄なことはしねえ。目が合えば、その瞬間にストリートファイトが始まる。鋭い爪と牙で繰り出す奥義『()(りゅう)猫神拳(ねこしんけん)』にかかれば、たとえ相手がライオンだって負けることはねえ。  オレは猫界最強の男──。  究極奥義『我流・猫一撃殺拳(ねこいちげきさつけん)』を出すような相手には未だかつて出会ったことがねえ。  耳を噛め! 目を潰せ! 鼻を喰いちぎれ! 足腰が立たねえぐらいに切り刻め! そして敵の血を(すす)り、オレの身体を真紅に染めろォ!  だが──、いつも空しい。  あまりにも強すぎるオレは、もはや生きていくモチベーションを保てなくなっている。  オレは若いうちに頂点を極めてしまった。  ガキ猫をたくさん作り、輝かしいこの玉座にも執着し続ける理由を無くしてしまった。  今のオレをどうにか生かしているのは、家猫として安穏と暮らすメスたちを味わいたいという情熱だけだ。あいつらは平和ボケして、自分が人間に守られていることすら気づいていない。いつだってメシにありつけ、いつだってぬくぬくと眠り、いつだって自分が愛されて当然だと勘違いしていやがる。窓際で、ケツを振り振り、時には甘えた声を出す。オレはそういうメスどもに野性の現実を教えてやりたいのだ。首に噛みつき、オスがいかに強いのか、ニャアニャア言わせてやりたいのだ。  すでに家猫は七匹味わった。しかし、まだ足りねえ。この町には何百匹もの家猫がいる。それらをすべて手に入れることが、当面の目標であり、生きる理由であった。  (ほとばし)る性欲だけが、逃れられない執着だ。ガキ猫はもういらねえが、メスを手に入れたい欲求は尽きねえ。オレは風の匂いを()ぐ。近くにメスがいることは、もう勘で(わか)る。  そんなオレだが、今、どうしようもねえ恋をしている。  種族違いの恋だ。  どんなに全身を熱くしても、そのメスに想いが届くことはねえ。  相手は人間だ。  名前を、タドコロユカという。  べっぴんだ。メス特有の甘い香りを漂わせ、そそるように優しい声を出す女だ。  タドコロユカは、イシイん()のレッツとストリートファイトしようとしていたオレを止めた。 「喧嘩しちゃだめよ」とオレを抱き上げ、「きみ重いねえ」と笑った。  何だコイツ、と思ったオレの顔は、タドコロユカの柔らかなパイパイに包まれていた。うへえ、こりゃたまんねえや。その瞬間、オレの()かん(ぼう)が握られたみたいにフォーリンラブしていた。
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