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「おはよう。お母さん、昨日もネコがベランダに来たよ」
母は「おはよう。この団地、猫がホントに多いのよね」と上の空でいいながら朝食の支度をしている。この状態の母に何を言っても無駄だと知っている朱理は、洗面所に顔を洗いに向かった。父と妹はまだ寝ている。
朱理が住むこの集合住宅は五階建てで、『マンモス団地』と呼ばれた稲本団地の一角にある。この団地では許可さえ取れば猫や小型の犬を飼うことが可能だ。その一方で飼い主のいない地域猫が多い場所でもある。そして驚くことに、猫たちは集合住宅のベランダを自由に行き来していた。同じ階はもちろん、下の階や上の階のベランダへも好き勝手に移動している。だから朱理の部屋がある五階にも猫たちが来るのだ。
彼女は動物が好きなので大歓迎だが、猫の中にはベランダにフンをしていく子もいるので嫌がる人もいる。母もどうやらそちら側の人間らしい。
ウチでもネコ、飼いたいなぁ。
その答えはすでに出ている。以前、母に頼んだら大反対されたのだ。だから朱理は地域猫を愛でることにしていた。
「ほら紫織、急いで」
「はぁい」
寝ぼけているような妹の返事が聞こえた。朝食と身支度を終え、妹を急かして部屋を出るのが朱理の日課だ。小学一年生の妹の面倒を見るのは、六年生である自分の義務だと朱理は思っている。さらに今日は、燃えるゴミの日なので、ついでにゴミも持って行かなければならない。階段を降りると下の階に住んでいる叔父も部屋から出てきた。朱理は紫織と一緒に挨拶をする。
「おはよう。二人でお手伝い、偉いな」
叔父も手にゴミ袋を持っている。
「昨日もウチのベランダにはネコが来たんだけど、おじさんのところはどう?」
叔父は顔を顰めてゴミ袋を持ち上げた。どうやらその中に猫からのプレゼントが入っているらしい。何故か叔父の部屋のベランダには、猫がよく贈り物を置いていく。
「た、タイヘンだね」
猫は好きだが流石に叔父には同情する。
「ホームセンターで猫よけ買って来ないとなぁ。それとも、いっそのこと犬でも飼うか……」
「えッ、イヌ、かうのッ?」
叔父のぼやきに紫織が顔を輝かせる。さっきまで眠そうにしていたのが嘘のようだ。朱理も猫だけでなく犬も大好きなので、叔父が飼うならかなり嬉しい。
「あ、いや、飼わない飼わない。猫をどうにかしたいだけだから……」
叔父は胸の前で手をブンブン振って否定した。姪にいらぬ期待を抱かせて、後でガッカリさせたくないからだ。
「さ、ゴミは叔父ちゃんが出しとくから、二人とも学校へ行っておいで」
朱理は紫織と追い立てられるようにして学校に向かった。
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