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「……本当だ」
彼女の呟いた言葉に顔を上げた。それと同時に、自分が俯いていたことに気が付いた。
彼女は空を見上げている。その前髪に雪がひとひら舞い降りた。
「本当に降ってきたね、雪!」
「……嬉しそうだな」
「だって綺麗だし」
「電車止まるぞ」
「すぐにはそんな積もんないよ」
そう言って彼女は手のひらを広げ、降って来る雪を捕まえようと少しずつ離れていく。その姿を立ち止まって眺める。それだけで良いと思えた、これからも少し離れたところから彼女の幸せを願うことができれば、それでいい。
後ろをついて来る足音がないことに気が付いたのか、ようやく振り返る。二人の間にできた距離を眺めて、彼女は笑った。そして大きく息を吸ったかと思うと、
「バーカ!」
静かな街中には十分すぎる声量で、はっきりと叫んだ。予想外の言葉に、立ち止まっていた足がさらに動かなくなる。直ぐに「バカで悪かったな。」と皮肉を独り言のように呟いて反抗してみたけど、それは流石に聞こえていないようだった。
彼女は続ける。
「絶対泊めてやったりしないからなー!」
何を言い出すのかと思えばそんなこと。人が少ないとはいえ恥ずかしいから止めようとするも彼女は一層大きく息を吸い、
「東京に来たければ来年自分で来い!」
そしてそう言い放つと彼女は満足そうに笑い、また歩き出した。
彼女の言葉が耳の奥で何度も反響して、ようやく何を言われたのか理解できた。そして思わず頭を抱えた。
「それこそ受験生に絶対言っちゃいけない言葉だろ……」
だけど不思議と、嫌な感じはしなかった。
積もりに積もらせていたのに、跡形もなく溶かしていってしまった。それがすごく爽快で、なんだか笑えてきた。
彼女を見習って、空を見上げる。相変わらずどんよりとした曇り空から少しずつ、雪が舞い降りている。
雪は降り積もる。
日が沈む頃には雪かきした道もまた雪で埋められてしまうのだろう。それを嬉々として踏み鳴らす人がいて、避けようとする人がいる。同じ雪なのに、不思議だ。同じ人を考えてのことなのに、不思議だ。
「……来年か」
雪のように白く、綺麗な何かは降り、積もっていく。
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