ごみのまにまに

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 腹への衝撃で、我に返る。  おれはまだごみの中だった。息が苦しい。目も開けられない。ベルトが腹に食い込む痛みで、命綱を引っ張られていることに気づいた。体がごみの中を引きずられていく。  呼吸が限界になったとき、腹の圧迫が消えた。こわごわ開いた目に、白熱電球の光が突き刺さる。おれの体は、ごみ袋の小島に乗り上げていた。 「大丈夫か!」  頭上には、ゲートから身を乗り出す柞磨さんたち運転員の姿。皆、命綱を握っている。 「スライムは……」  少し離れた先に半透明の巨体があった。その真上に、鋼鉄製のかぎ爪が停止する。クレーンはいつものように慎重かつ正確な動きで降下すると、ごみの波間に潜り込もうとしていたスライムの中心部に食い込んだ。ゼリーのような体が引き上げられ、その一部が自重でちぎれ落ちる。だが大半は確保したまま、クレーンは容赦なくその拳を握りしめた。  飛び散った破片の一部があたりに降り注ぐ。  おれの手の甲にも破片がへばりつき、重力でねとんと落ちた。 「小畑さん。待てというのが聞こえなかったんですかね」  全てが終わったあと、おれはプラットフォームに引き上げられ、汚物まみれのまま柞磨さんの説教をくらっていた。 「いや、でもですね」 「?」 「聞こえました。ごめんなさい」  穏やかな口調でマジギレしている柞磨さんはスライムよりも怖かった。 「まあ、その辺にしましょうや。生徒さんたちもおることだし」  珍しく黒田さんが仲裁に入ってくれる。それを機に、様子を伺っていたユキ先生と子どもたちが近づいてきた。 「兄ちゃんクッセー!」 「悪いよ、助けてもらったのに」  怖い思いをさせてしまったが、ハイテンションもクール女子も変わりないようでほっとする。 「今日は貴重な体験ができました! 分別の大切さがよくわかりました! ありがとうございました!」  メガネ君なんて顔がキラキラしている。あれを通常業務だと思われると困るんだが、まあ満足してくれて良かった。 「本当にありがとうございました。児童の命を守っていただいて」  ユキ先生には深々とお辞儀される。子どもを守ろうとする姿勢といい、ほんとにステキな人だよな……。おれは思わず口走った。 「あのーこの後、お酒でもどうすか? 二人で慰労会、なんて」 「……は?」  一瞬表情を失くしたユキ先生の顔が、みるみる赤くなる。あ、これ怒ってるな。おれは思った。照れじゃない。 「あなた、まだ飲むつもりですか?」 「へ?」 「覚えてないんですか? 昨日、駅前でべろんべろんに酔っぱらって私に絡んできましたよね! 黙ってようと思ったのに!」 「駅前……えーっ!」  昨晩の、夢かうつつかわからない光景が目に浮かぶ。「このクズ!」と罵ったあの女性が、ユキ先生だと? 最高かよ! じゃなかったまずい!  ユキ先生はごみでも見るような目付きでおれをにらむと、正門に向かって歩き出した。  立ち尽くすおれの肩に、黒田さんのごつい手が置かれる。 「慰労会、やるか。わしらのおごりじゃ」 「……はい」  お酒はほどほどにしよう。おれは誓った。
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