初違

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初違

 昔のことなんて、覚えてないけれど。  それでもどこかで囁き続けている。遠い過ちが響き続けている。  ◇◇◇◇  きっかけなんて、何も無かったのかもしれない。ただ気が付けば、私は休み時間ごとに校庭の隅に連れ込まれていた。  そんな下らない、小学生の頃の曖昧な記憶。  別に暴力を奮われるわけでもない、ただ嫌味を只管いわれ続けるだけだった。それ以上でもそれ以下でもない。相手の女の子は同じクラスで、一緒に遊ぶことなどなかった人だ。 「うっとうしいんだよ」 「……」 「ねえ、聞いてるの」  たぶん全て無表情に聞き流していたし、面倒くさいとしか感じていなかった。なぜって、内容を全くと言っていいほど覚えていないから。一体いつから始まってどのように終わったのかも覚えていない。  それに身に覚えのないことでぱっと水をかけられても、何とも思わなかったのだ。 「ゆまちゃんのせいでしょ」  後ろからの刺々しい声に驚いて振り返ると、洗って濡れた手をこっちに振り抜かれた。顔や制服に軽く水滴が飛び散る。  まるで身に覚えのないことで、怪訝に思いながら固まっている間に相手はどこかへ行っていた。  ある日には、確実に私の落ち度だと言えることもあった。  何かに驚いた拍子に、私は汚れた手で近くにいた子の制服を掴んでしまった。 「ちょっと、ゆまちゃん何するの」  険しい顔を見た瞬間、恐らく頭が真っ白になったのだろう。他人に責められることは不慣れだった。  謝ることも仲直りもしないまま、私は彼女と口をきかなくなったはずだ。  これらの断片的な記憶が正しいのかさえも自信がない。出来事の直後さえ記憶なんて不確かなのに、その頃私は誰にも話さなかったから、直後の証言を覚えている他者がいない。実は私自身が厄介事を招いていたのかもしれないし、何も分からない。  細かくは覚えていないけれど、当時の私はお節介で、小学生らしくテンションも高かった。ついでに発言も高飛車で大分きつかっただろう。  それを思えば、きっかけなんてなくても揉め事が起こったのは大して不思議ではなく、自業自得の必然だった可能性も高い。そのくせ周りを見限るなんて、何とも自分勝手な話だ。  それでも確実に、他人への興味や信頼は地に堕ちたんだと思う。他人に期待も口出しもするべきではない、という感覚。  初めての、決定的で永劫的な仲違い。それはいつまでも、たぶん影響し続けている。  たとえそれだけが原因でなくても、様々に撚り合わさった結果だとしても、自我の根本に息づいているのだろう。  ――きっとどんな大人にも、どういった形でも。
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