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 一週間後 「こんばんは。みなさん、しあわせですか。 今日は最初にメールから紹介します。埼玉県の中学一年、えーと匿名くん。ぼくは中学に入って半年ぐらいたった頃に同級生からパシリみたいなことをさせられるようになりました。それからは、トイレで水をかけられたり靴が隠されたり体操服を後ろから脱がされたりとメールに書くこともイヤになるようなことばかり毎日されています。もう学校に行きたくないです。両親にもこのことはまだ話していません。本当に毎日がイヤなんです。シンジローさんどうしたらいいでしょうか、という相談です」  シンジローは少し下を向きじっと考えて、ゆっくりと話を始めた。 (俺が何を話せばいいんだ。この人に答えていいのか) 「そうだね。辛いね。俺も腹が立ってきました。そんな奴らは、ぶん殴ってやりたいね。匿名くん。怒っていいよ。マズいかもしれないけど、ケンカしていいと思うよ」 とシンジローも本気で怒っていた。 「それでは、匿名くんのリクエストでシリウスの曲『ダイジョウブ』です」 ♬ だいじょうぶ だいじょうぶ あきらめるな 君の人生 あきらめるな 君の希望 つき進め 君の未来 走りだせ 君の明日 君にしか見えない ダイヤがある 君にしか行けない 世界がある だから だいじょうぶさ きみは だいじょうぶさ  笑える日がくるさ  「お前なんか、学校に来るなよ」  学生の頃、シンジローはイジメる側の人間だった。見るからに弱そうな人を見つけてはイジめていた。毎日酷いことを繰り返していた。メールで紹介した話よりもかなり卑劣なことをしていた。 「オマエが目の前にいるだけで、ムカつくんだよ」 と言って授業中だろうが気に入らない生徒をイジメ続けてヘラヘラ笑っていた。当時は、自分さえよければよかった。何かにムシャクシャしていた。イジめてイジめて好き放題していた。 ある時、イジめられた同級生が自殺未遂をしたことがあった。学校でも大きな問題となった。原因はシンジローだとすぐにわかった。教師たちから機関銃のように問い詰められた。その時でさえ、まったく響かず大した反省もしなかった。 時は流れ、シンジローも四十代となった。苦労を重ねて人の心の痛みがわかるようになった。昔の行動を思い出すと当時の自分が情けなかった。放送のあとアパートに戻ったシンジローは居たたまれない気持ちでうずくまっていた。普段はまったく飲まない酒を飲んだ。冷たいシャワーを浴びた。タバコを何本も吸った。それでもただ虚しいだけだった。自己嫌悪の塊だった。昔、おのれがしてきた行動をマイクにむかって語れない情けない自分自身がイヤだった。 「何やっているんだ。シンジローの馬鹿野郎」 と自分を責めた。人気があれば人の相談にのっていいのだろうか。人ごとのように話す自分が心の底から許せない。しばらく呆然としていると東の空が明るくなった。朝日がシンジローの顔を照らし始めた。  この放送の終了後から番組には大きな反響があった。 「ありがとう。勇気が出ました」 「俺もがんばる」という内容ばかりだった。イジメの悩みがまだこんなにも多いのかということを改めて知る結果になった。今でもイジメで悩む人がこんなにたくさんいるのかと思うとシンジローの心は余計に痛んだ。
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