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第3話 夢みるひとと「喫茶ソワレ」
サトウくん、というらしい。さらりとした茶色い髪と、くるっとした丸い瞳が、最近はやりの誰それというアイドルに似ていた。昔、近所のおばさんが飼っていたチワワを思い出した。小学校の帰路でよく遭遇した。わたしを見つけるたびにきゃんきゃんと甲高く吠えるので、わざわざ遠回りして帰る日もあった。
サトウくんとは、国語学国文学の特殊講義で初めてしゃべった。同じ文学部とはいえ学生の数が多いので、3回生になっても接点がない人もいる。実際、話しかけられるまでサトウくんの顔すら知らなかった。元来、わたしは人の顔を覚えるのが苦手だ。バイト先であるおばんざい屋「花の」でも、常連さんの顔を覚えるのに何ヶ月もかかった。
サトウくんは、初回の講義に出席していなかったそうだ。2回目の講義でたまたま近くの席に座っていたわたしが声をかけられ、レジュメをコピーさせてあげた。そしたらお礼にとご飯に誘われ、連絡先を交換した。現状は、ここまで。
「それで、行くの?」
一連の流れを報告すると、みっちゃんは途端に怪訝な顔をした。
「まぁ、奢ってくれるって言うし」
わたしは焼きそばパンを口に運びながら答えた。桜はもう散ってしまったが、キャンパスにある大きなクスノキの下で過ごすにはちょうどいい気候だ。春のこざっぱりした風が気持ちいい。みっちゃんは長い足を何度も組み直しながら「へぇ、行くんだ。そうか」とひとりごとのようにつぶやいた。
「何、その反応」
「いや、なんか、意外で」
「みっちゃんだって1回生の時、サークルの新歓に行きまくってたじゃん。タダ飯最高! とか言って」
「それとこれとはさぁ、また違うじゃん」
「違うって、何が」
そう尋ねても、みっちゃんははっきり答えてくれない。彼女のカフェラテが半分も減っていないうちに、わたしはメロンパンの袋を開けようとしていた。惣菜パンと菓子パン、どちらを食べようか悩んだ末、両方買ってしまったのだ。焼きそばパンが主食で、メロンパンがデザート。どんな時でも、食後のデザートは欠かせない。
「あたしも行こうか」
「え? 何で?」
「だよね、それはさすがにおかしいよね……。ちなみに、ランチ?」
「まだ決まってない」
「ランチにしな。ディナーはやめな」
「何で?」
「何でも」
まったくもってよく分からないが、親友の助言は素直に聞くものである。そうか、琴子にもついに、とかなんとか言いながら、彼女はようやくカフェラテに口をつけた。
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