第24話 人はこれを「京都御苑」

2/5
34人が本棚に入れています
本棚に追加
/122ページ
12月から1月、3月から4月。年が変わる、年度が変わる。それは章が変わるのと同じくらい明確な区切りを意味する。だけど今年は2月から3月も、大きな意味を持っていた。 わたしたちの代の就職活動は、3月から本格化する。就職情報サイトがオープンし、企業の説明会が行われ、未来への意思決定を迫られる。どこに進めばいいのか、何がしたいのか。刻一刻と進んでいく時間とは正反対に、相変わらずわたしは立ちどまったままだ。 ゲームのコマを進めるように、何の疑問も抱かず大学に進んだ。それが当然だと思っていたし、それ以外の道なんてないと思っていた。 大学生になった今、わたしの目の前には無数の選択肢があった。進学か、就職か。民間企業か公務員か。どこで、どの会社に就職すればいいのか。 自由はいいものだと人はいう。空を飛ぶ鳥にあこがれ、海を泳ぐ魚にあこがれる。誰だって決められた道を歩むより、自分で決めた道を歩いていきたいはずだ。だけど、与えられた自由はわたしの手に負えないくらい大きくて、どうしたらいいのか分からない。どの道を選んだら正解なのか。どれを選んだとしても、責任を負うのは自分自身だ。「人間は自由の刑に処されている」なんて、昔習った哲学者の言葉を思い出す。 何をすべきか分からなくても、何もしないわけにはいかない。進む道がどうあれ、視野を広げるべきだろう。ひとまず就職情報サイトに登録したり、就活に関する情報をぽつぽつと集めている。インターネットで検索すれば自己分析をしろだの、インターンシップに行けだの、パズルのピースが雑多に広がっている。「大学3年生のうちから準備をしろ」なんて文章を見つけると、もう手遅れのような気もしてくる。 受験勉強のようにやるべきことが決まっているわけでも、明確な目的があるわけでもない。そんな状態では、モチベーションがなかなか上がらない。得意なこと。苦手なこと。すきなもの。きらいなもの。やりたいこと。やりたくないこと。自己分析シートはなかなか埋まらない。自分のことなのに、なぜこんなにも文字にすることが難しいのだろう。高校生の時のように、導いてくれる人はいない。 立てかけてあった手帳を開いた。松尾大社に行った時から、訪れた場所をこつこつ書きためている。続けられるか不安だったけれど、今となっては1回生の頃から始めておけばよかったと後悔した。思ったことや感じたことは、写真には残らない。人の記憶はあいまいで、だからこそ、記憶し続けることは難しいのだと知った。  手帳をぱらぱらめくっていると、携帯電話が鳴った。間崎教授からのメッセージを知らせる音だった。 『梅がほころびましたよ』 1ヶ月ぶりの連絡にしては、あまりにも素っ気ない。だけど、わたしはずっとこの一言を待っていた。見にいこうとも、写真を撮れとも言われていない。それでも、わたしは迷わずカメラを手に取ってしまうのだ。
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!