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やけにキャンパスが騒々しいと思ったら、合格発表が行われていた。喜びの表情を浮かべた親子や、サークルの勧誘チラシをばら撒く学生たちを見ると、改めて月日の経過を実感する。ついこの間だと思っていた出来事が、どんどん過去に遠のいていく。
「何だこれは」
先日ミールミィで買ったはちみつ酒を差し出すと、教授は怪訝そうな顔でわたしを見た。
「はちみつ酒です」
「そうじゃなくて、何かの記念日?」
「いいでしょ、何でも」
言い訳をするのも面倒で、投げやりに言った。何がおかしかったのか、教授は吹き出すように笑った。
「ありがとう。大事に飲むよ」
教授室の窓から入る日光が眩しくて、わたしは目を細めた。太陽との距離のせいだろうか、春の光はやわらかい。空気がはちみつのように色づいて見える。
「今日は何をしていたんですか」
春休み中なのだから、当然講義はないはずだ。人混みが苦手な教授が、わざわざこんな日に大学に来る必要もないだろう。
「昔を、思い出していた」
昔って、どのくらい?
「大学生になったばかりの頃」
そんな時期、あったんですか。思わず尋ねると、あるに決まってるだろ、と教授が答えた。そりゃそうですよね。そう言いながらも、いまいち理解できなかった。だって出会った時から、教授は教授だったのだ。大学生だった頃の教授を、うまく想像することができない。この人は、どんな学生時代を送っていたのだろう。どんなものを見て、どんなことを感じていたのだろう。わたしと同じように、進路に悩んだりしたのだろうか。
「散歩をしようか」
教授がおもむろに立ち上がった。
「今からですか」
「そのために来たんでしょう」
コートを羽織りながら、カバンの中を見透かすように言う。行きます。そう答えて、わたしは教授のあとに続いた。
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