第3話 夢みるひとと「喫茶ソワレ」

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店内は青々としていた。夜が美しく染み渡ったような、群青色の空に似ていた。ソワレとはフランス語で「夜会」「素敵な夜」、メニューの表紙にある文字「Soyez la bienvenue」は「ようこそいらっしゃいませ」という意味らしい。入口にあった小さなリーフレットにそう書いてあった。 メニューを開き、ゼリーポンチを頼んだ。壁にかかっている女性の絵を見たり、リーフレットを読んだりして待ち時間を潰した。美しい絵の数々は東郷青児や佐々木良三らの作品で、店の照明が青いのは、「女性が美しく見え、男性は若々しく見えるから」らしい。豊穣の象徴とされるぶどうや、ひまわりの木彫刻も数多く見られる。内緒話をするような会話や、時折聞こえるカップの音だけが、上質なBGMのように耳に届く。 お待たせしました、という声とともに、ゼリーポンチがテーブルの上に置かれた。赤や緑、黄色や紫。色とりどりの小さなゼリーは、子供の頃に集めていたビー玉に似ていた。あの頃はゲームがなくても、遊園地に行かなくても、スーパーのお菓子コーナーに行くだけで楽しかった。母に買ってもらうカラフルな飴玉が、60円のグミが、バースデーケーキのように特別だった。道端できれいな石を見つけるだけで幸せな気持ちになれた。サイダーの中に沈むゼリーを見ていると、子供の頃から何も変わっていない自分に気づいた。わたしは、いくつになってもわたしのままだ。 宝物を閉じ込めるように、口の中にゼリーを運んだ。食べれば食べるほど、胃の中に宝石が敷き詰められていくような気がした。荒ぶっていた心がゆっくりと凪いで、青い静けさに満ちていく。 真夜中のように、ひっそりと時間が過ぎていった。何にも縛られず、誰にも気を遣わず、わたしだけの時間が流れていく。 京都のすきなところ。四季を感じられるところ。教科書やガイドブックに載っているような場所にすぐ行けるところ。少し歩いたら、おしゃれな店に出会えるところ。 間崎教授と来たいな、と思った。教授と来て、いろいろなことを話したい。最近撮った写真のこと。鴨川で遊ぶ鳥のこと。喫茶ソワレのこと。きっと、話題が尽きることはないだろう。
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