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「さっき、全然話聞いてなかったでしょ」
あとを追いかけて尋ねると、教授は「聞いてた、聞いていました」と心のこもっていない返事をした。
「それは嘘つきの言い方です。真剣に聞いていると思ったら、お餅のことを考えていたんですね」
他の学生は騙せても、わたしの目はごまかせない。しっかりしているように見えて、案外適当なところがあるのも知っている。
「昨日、テレビであぶり餅が紹介されているのを見たんだよ。だから、今日はあぶり餅のことしか考えていない」
ひどい。発表していた学生が聞いたら怒りそうな理由だ。どれだけ労力をかけて発表の準備をしたことか。今の言葉、録音しておけばよかった。そう思いつつも、教授の心を奪う「あぶり餅」とは一体何なのか、ついそちらが気になってしまう。
「……あぶり餅って、おいしいですか」
「食べたことないのか。食いしん坊のくせに」
自然と足がとまった。ショックだった。食べることはすきだけれど、教授に食いしん坊と思われていたなんて。
「わたし、もうはたちです。そんな小学生みたいに思われるのは、し、し、心外です」
「じゃあ、食べないのか」
「何を?」
「あぶり餅。せっかく誘おうと思ったのに」
残念だ、とこれみよがしに肩を落とし、教授はすたすた歩いていく。
「食べます。食べたいです」
わたしは全速力で教授を追いかけた。
「でも、そんなにいっぱいは食べないです。一口いただけたらそれでいいんで」
「全部食べられてしまいそうだ」
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