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進んでいくと、女性の顔が彫られたレリーフのようなものを見つけた。説明書きには「桂昌院(お玉の方)」と書かれている。
「桂昌院は徳川家光の側室で、綱吉の生母。京都にある数々の社寺復興に寄与した人物だ。女性として最高位まで昇り詰めたことから、『玉の輿』の語義の起こりともされている」
「玉の輿ですか。わたしもアラブの石油王と結婚したいです」
「せいぜい頑張って」
頑張って、と言われたらまだ素直に受け止められるのに、「せいぜい」をつけられるだけで癇に障るのはなぜなのか。
そのまままっすぐ進み、本殿にお参りをした。鎮疫の神なので、ここは無難に「無病息災」だろうか。実家にいれば家族が看病をしてくれるだろうが、ひとり暮らしだとそうもいかない。出席日数が足りなくて単位を落とす可能性もある。体調管理だけはしっかりしておかなければ。
「境内のどこかになまずがいるから、探しながら歩いてみるといい」
「なまず?」
「そう。なまず」
なぜなまずがいるのかは分からないが、とにもかくにも歩くしかあるまい。
境内には大徳寺門前に祀られていた大将軍社、西陣織の業祖神を祀った織姫社など、多数の摂末社があった。中でも興味をそそられたのは、阿呆賢(あほかし)さんというふしぎな石だ。
「『神占石(かみうらいし)』ともいわれていて、軽く手で撫で体の悪いところをこすれば健康になるそうだ。君には必要なさそうだが」
「教授は胸でも撫でたらどうですか。デリカシーのなさが直りますよ」
「残念、今この瞬間にあぶり餅が消えた」
「冗談です」
阿呆賢さんは神占石だけでなく「重軽石」とも呼ばれているらしい。手のひらで軽く三度叩いて持ち上げると重くなり、次に願いを込めて三度撫でて持ち上げる。その時、初めに持った時より軽くなっていれば願いが叶うそうだ。具体的な願いも思いつかないので、今回は試さないことにした。石の重さで未来が分かってしまうなんて、少しおそろしくもあった。
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