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目覚めた瞬間、ひゅっと喉に息が逆流した。ついさっきまで満開の桜が見えていたのに、突然暗闇の中に放り出されて、状況がよく理解できない。
フィルムを現像する時のように、ゆっくりと周囲の様子が浮かび上がってきた。桜もなければ教授もいない。七畳一間の、わたしの部屋だ。
時刻を確認すると、午前2時を過ぎたところだった。首筋に触れると、じんわりと汗が滲んでいる。上半身を起こそうとしたら、背中が布団にくっついているように重かった。自分の部屋にいるはずなのに、見知らぬ場所のような冷たさを感じて、怯えるように暗闇を睨んだ。きっと今、世界にはわたしひとりしか存在していない。そうだったらいいのに。
くだらない夢を見た。眠る直前に写真の整理をしていたせいだろうか。春の陽気に浮かれて、頭がおかしくなってしまったのかもしれない。桜は人の心を惑わすという。昨日見た随心院の桜が、夢の中で咲き乱れていた。おそろしいほど美しかった。美しくて、泣きたくなった。
膝を抱え、腕の中に顔を埋めた。突然湧き出た感情に、頭がついていかない。夢の中とはいえ、なんてばかなことを思ってしまったのだろう。教授にとって、わたしはただの学生なのに。
夢でよかった。この感情は、誰にも気づかれることがない。気づかれてはいけない類のものだ。教授にも、そして自分自身にも。心の一番深いところに、しまっておかなければいけないものだ。そう思う一方で、あの時間が永遠に続いてほしかった、なんて願う自分もいた。
夢と知っていたのなら、目覚めなかったのに。
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