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「でも、わたし」
このままずっと、桜を見ていたいのです。そう伝えようとしたら、ちょうどよいタイミングでおなかが鳴った。そりゃあもう、大きな音で。
「風情も何もないな」
教授が立ち上がり、あきれたように言った。
「ちゃんと朝食は取ったのか」
「食べました。卵かけご飯とお味噌汁と、バナナとヨーグルトとシリアル」
「しっかり食べているじゃないか」
友人であるみっちゃんにも、「まだ食べるの?」とか「そんなに食べてよく太らないね」なんて言われることがある。そのたびにわたしは「成長期だから」と嘘をつくのだが、教授の前だと何の言い訳もできない。
「じゃあ、桜を見ながら弁当でも食べよう」
そう言って、教授は再び歩き始めた。
花散らす、花散らす。心の中で、呪文のように繰り返す。1秒だって風はやまない。季節を進めるように、枝から花を奪っていく。
わたしは今日も、あたりまえのように桜を見にいき、あたりまえのように写真を撮る。撮って、撮って、撮りまくる。最初はただ、写真を撮ること自体がすきだから撮っていた。だけど教授と過ごすうちに、それだけではない理由を見つけた。
わたしは、記憶したい。桜が散っても、いつまでも桜の美しさを覚えていられるように。去年は写真技術を向上させるため、コンテストに挑戦した。思うような結果が出ず落ち込んだりもしたけれど、しばらくは肩の力を抜いて、カメラを楽しもうと決めた。3回生になって国語学国文学専修に所属したわたしは、学業も手を抜いていられない。
青山荘という食事処で幕の内弁当を食べた。窓いっぱいに広がる桜を眺めながら、おなかいっぱい、食べた。おいしいですね、と言うと、おいしいな、と教授が言った。きれいだな、と教授がつぶやいた。きれいですね、とわたしは返した。
風が吹くたびに、花弁が枝から離れていく。こんなに満開なのに、わたしはもう桜を惜しんでいる。来年まで、さようなら。心の中でつぶやいて、わたしはもう一度シャッターを切った。
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