01. 山瑚荘につき

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   なんやかんや会話を交わしつつ、気になったお店に入店した。  ややクセの強い昼飯に各々(おのおの)舌鼓を打ちつつ、お昼を過ぎた頃に近くのバス停に向かった。  折よくバスが到着していた。早速数少ないバスに乗り込む。 「あれ、私たちだけ?」  先行した六夏がバスの座席を見るなり、意外そうに言った。  六夏の言ったとおり、他にバスの乗客は見当たらない。 「ええまぁ。いつもこんなもんですよ」と、六夏の言葉に反応した運転手が気さくに答えてくれた。 「いくつかの旅館と墓園、それと時々この辺に住んでいる方がこっちに出てくるのに使ってくれるくらいですからね」 「そうなんですか。じゃあ今は貸切みたいな感じですね」そう言うと、六夏は入ってすぐ前の席に入り込んだ。  ドサリと背負っていたリュックを隣の席に置く。  あまり褒められたことではないが、他に乗客がいないのなら多少広く使ってもいいだろうと、蒼伊は妥協することにした。 「皆さんは旅行ですか? どちらまで?」  運転手の視線がこちらに向いた。おしゃべり好きなのかもしれない。こう乗客が少なくては退屈なのだろう。 「山瑚荘って旅館なんですが、知ってますか?」  蒼伊が言うと、「ああ、あの旅館ね」と運転手は物知り顔で頷いた。 「いいところらしいですよ。この辺はほら、この通り過疎(かそ)ってますんでね。お客さんを呼び込むために色々努力をされているみたいで、それが一部の旅行客に刺さりつつあるとかなんとか。まぁまだ新しいお宿ですから、あまり情報出回ってないですがね」 「新しいってどれくらい?」  蒼伊は何気ないふうを装って訊いた。 「たしか一年経ってないんじゃないですかね」 「それは、本当にできたばかりなんですね」 「ええ。まぁ、できたと聞いた当時は、よくあんな辺鄙(へんぴ)なところに建てたなぁなんて思っていたんですけどね」 「辺鄙って?」と桐助が後ろから訊く。 「離れ小島ってほどじゃないんですけどね、旅館に行くには吊り橋を渡らないといけないんですよ。昔は別の施設があったみたいで、そこに新しく旅館ができたって聞いてますよ。オーナーはよっぽどこだわりがある方なんでしょうね」  そう運転手は気がねなく答えてくれた。  そんな会話を適当に話を切り上げ、蒼伊も座席についた。  リュックを足元に置くと桐助が隣に座った。わずかにシートが軋む。  蒼伊はそのまま窓際に頬杖をついた。  実はずっと引っかかっていることがあった。  そもそも今回の旅行は、六夏の強運が引き当てたものだ。  六夏の荒ぶる強運にはいつも驚かされるが、この(さい)それは置いておこう。  山瑚荘はまだ出来てまもない旅館なのだという。  そんな旅館が海ノ宮商店街の企画──福引の景品として協賛していたのだ。  商店街への協賛。思いきった宣伝という意味では悪くないのかもしれない。  しかしそうだとしても、ネットで調べたりしたらもう少し情報が出てきてもいいのではないか。  そう、山瑚荘は。  このご時世、インターネットを通じてパブリックに発信するのが一番効率がいいはずで、蒼伊も当然のように調べたのだが、せいぜい申し訳程度にチェックイン、チェックアウトの時間が記されている程度だったのだ。  それ以外はほとんど情報が出てこないため、最近オープンしたか、もしくは昔ながらのやり方を貫いた奇特な旅館なのか、どちらかだとは思っていたのだが、運転手の話を聞く限りどうも前者ということだったらしい。 『ま、知らないほうが楽しみが増えるじゃないか』  そんな桐助の言もあって、特に追求することなく本日を迎えることになった。  気にはなるものの、旅館の運営に独自の集客戦略があるのなら、それについてとやかく言うつもりもない。  いらぬ憶測はこのあたりに留めておこう。 「どうした蒼伊? 難しい顔して」  気づけば、桐助が顔を覗き込んでいた。 「ん。いや、いい天気だなって」 「曇ってるだろ」  シンプルに突っ込まれて改めて空を見上げれば、薄い雲が垂れ込めた灰色の空が広がっていた。  いい天気……ではないな。蒼伊は薄く笑ってごまかし、反対の席に視線をやった。  トールは六夏の後ろの席に座っていた。  六夏の横の席にはリュックが鎮座して座れなさそうだから、まぁ自然な流れと言える。  ふと蒼伊の頭に閃くものがあった。  ──もしかして、わざと荷物を席に置いたのか?  六夏のトールに対する態度が、どこか他所(よそ)よそしい気がしてならない。必要以上の馴れ合いを避けているというか、……考えすぎだろうか。  そんな考えはプーっと鳴ったブザー音に掻き消された。  バスの中折り戸がガチャンと音を立てて閉まる。  運転手のアナウンス後、バスが発進した。  山道に揺られてしばらくバスが走る。  ぼんやりと考え事をしたり、桐助と取りとめのない雑談をしているうちに、いくつかバス停を通り過ぎていく。時々地域住民が乗ってきては途中で降りるというサイクルを繰り返している。  このあたり地域は山ヶ谷(やまがや)と呼ばれているらしく、地名に相応しく山あり谷ありといった風景が続いている。目的地は高い位置にあるようで、先ほどから曲がりくねった坂道をぐんぐんと上っている。  三十分ほど経った頃、ようやく最寄りのバス停の名前が電光掲示板に映し出された。  すかさず六夏が降車ボタンを押そうとした。  だが、それより早くトールがボタンを押した。  ピンポーンというコール音が響き、先駆けしたトールの横顔にニマリと笑みが浮かぶ。  蒼伊はげんなりした。  早押しゲームでもしているつもりなのか。  運転手が「次は……」と言いかけたくらいで押したものだから、声に苦笑が混じっていた。  気が早いなぁと、そんな心の声が聞こえてきそうだった。  ちなみに桐助は「おー、二人とも押すの早いな」と呑気に愉快がっていた。
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